兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第百七十六話 忘れじの茸雲④

公開日時: 2021年3月13日(土) 16:30
文字数:1,609

何十回目かの長い斬り合いは、賢が繰り出した斬撃によって勇太が大きく吹き飛ばされたことで中断される。

既に、勇太のHPがわずかにも関わらず、賢はまだ、ほとんど減っていない。

しかし、勇太は起死回生の気合を込めて、賢に天賦のスキルの技を発動させる。


『フェイタル・ドライブ!』


勇太が大きく大剣を振りかぶり、光の刃が波動のように賢へと襲いかかった。

万雷にも似た轟音が響き渡る。


「ーーっ」


迷いのない一閃とともに、勇太の強烈な一撃を受けて、賢は怯んだ。

賢のHPが一気に減少する。

頭に浮かぶ青色のゲージは、半分まで減少していた。


「『星詠みの剣』!」


賢が剣を掲げた瞬間、賢の周りに淡い光が纏う。

その瞬間、賢のHPゲージは、あっという間に半分から全快の青色に戻っていた。


「なっ!」


起死回生を込めた技を覆されて、勇太は虚を突かれたように呆然とする。

『星詠みの剣』の光の魔術の付与効果。

それは『完全回復』だった。


「完全回復か……」

「ああ」


驚愕する勇太を尻目に、賢は一呼吸置いてから付け加えた。


「つまり、君が私を倒すためには、一撃必殺の攻撃を放って、私を戦闘不能にするしかないということだ。だが、今の君にはその力はないはずだ」

「一撃……」


賢の表情を見て、勇太は察してしまった。

一撃必殺を決めるためには、圧倒的な強さが必要になる。

賢の指摘どおり、今の勇太には、そのような力はない。


『アーク・ライト!』

「……っ! おじさん!」


その時、後方に控えていたリノアの父親は光の魔術を使って、勇太の体力を回復させる。


『お願い、ジズ! 賢様の動きを止めて!』


それと同時にリノアの母親も、自身の召喚のスキルで小さな精霊を呼び出し、賢の動きを制限しようとした。

しかし、それはあっさりと弾き返されてしまう。


「そろそろか……」

「「ーーっ」」


その時、曖昧だった思考に与えられる具体的な形。

振り返った望達は、賢が意味深な笑みを浮かべているのを見て思わず、身構える。

だが、賢は、剣呑な眼差しを向けてくる望達など眼中にないように、リノアの両親だけを見ていた。

柔和な表情。

だが、瞳の奥には確かな陰りがある。


「……賢様」

「……っ」


賢のその反応を見て、リノアの両親の背筋に冷たいものが走った。


「……君達は、現実世界の美羅様を退院させようとしていたようだな」

「……はい」


賢の表情を見て、リノアの両親は最悪の予想を確信に変える。


「だったら、何だ!」


勇太は冷めた視線を突き刺すと、そのまま容赦なく追及する。


「『レギオン』と『カーラ』の関係者達がいる病院。こんな狂っている病院からは、絶対にリノアを救い出すからな!」

「理想の世界へと変わった今、退院の手続きはもはや、君のーーそして、彼女の家族の一任だけでは決められないはずだ」


思いの丈をぶつられた賢は、その全てを正面から受け止めた上で、あくまでも笑顔を崩さない。


「それに、信也から聞いたはずだ。美羅様が真なる覚醒を果たした今、どこの病院に行っても、彼女がこの世界にログインすることは止められない」

「ーーっ!?」


賢が口にした決定的な事実に、勇太は大きく目を見開いた。


「そして、美羅様が生き続けるには、病院の医療機材は必要不可欠だ」

「「ーーっ」」


あまりにも衝撃的な事実を突きつけられて、望達は二の句を告げなくなってしまっていた。

リノアは病院で施された医療機材によって、強制的に『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせられていた。

しかし、裏を返せば、今の彼女は望達が側にいるか、医療処置を受けない限り、生き続けることはできない。


「改めて、君達に言おうか。彼女はもはや、君の知っている『久遠リノア』ではない。救世の女神たる『美羅』様だ」

「なっ……」

「「ーーっ」」


常軌を逸した発言を聞いて、勇太とリノアの両親は悲しみと喪失感に打ちひしがれた。


リノアを救うために今、出来ることを成し遂げる。


そんな勇太達の希望は絶望に反転し、淡い期待は水の泡と化した。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート