まるで、王都『アルティス』での出来事を想起させるような状況に、望は表情を引きしめる。
「愛梨の想いに応えるか」
「ねえ、望くん。愛梨ちゃんのお兄さん、どうしたのかな?」
望が咄嗟にそう言ってため息を吐くと、花音は不思議そうに望を見上げた。
「なあ、花音。聞いてほしいことがあるんだ」
「聞いてほしいこと?」
望の言葉に、花音はきょとんと目を瞬かせる。
「俺は、向こうの世界に戻る」
「えっ? 望くん、先にログアウトするの?」
望の意外な発言に、花音は少し逡巡してから訊いた。
「確かに、この世界は幸せに満ち溢れているかもしれない。理想の世界かもしれない。だけど、やっぱり、俺は今までの世界で生きていきたいんだ」
「望くん、何を言っているの?」
望の訴えに、花音はよく分からないと言わんばかりに表情を歪めた。
「向こうの世界で必ず、みんなを救ってみせるからな」
「の、望くん、意味が分からないよ?」
望が決意の眼差しでそう宣言すると、花音は不安そうに顔を青ざめる。
すると、望はそんな彼女の気持ちを汲み取ったのか、頬を撫でながら照れくさそうにぽつりとつぶやいた。
「花音。これからもみんな、一緒だからな。だから、俺はみんなを守るために、向こうの世界に戻る」
「……よく分からないけれど、それが望くんの決めたことなんだね。私、望くんを信じている」
顔を上げた花音は、胸のつかえが取れたように答える。
「花音、ありがとうな」
「うん」
望が誠意を伝えると、花音は朝の光のような微笑みを浮かべた。
信じているーー。
その言葉には何の根拠もなく、何かの保証には決してなり得ないことを知りながら、花音が口にすると、まるでそれは既に約束された未来の出来事のように感じられた。
望の中で、漲る力が全身を駆け巡る。
何物にも代えがたい花音の笑顔。
その笑顔は、どんな世界でも変わることはないだろう。
みんなを守る力がほしいーー。
それは、望自身のスキルを使えば叶うと信じている。
望は目を閉じて、愛梨の想いに応えようとした。
愛梨の想いに応える術はないのかもしれない。
この世界から出る方法なんて分からない。
それでも、望は諦めなかった。
『……みんなと一緒にいたい』
不意に愛梨の声が聞こえた。
それは望を介し、望の意味が付与された愛梨の想い。
「ああ、そうだな。俺はーーいや、俺達は諦めない!」
顔を上げた望は、胸に灯った炎を大きく吹き上がらせた。
望は前を見据えて、この世界で、たった一つだけの自身のスキルを口にする。
『魂分配(ソウル・シェア)!』
そのスキルを使うと同時に、望の目の前には、淡い光とともに見覚えの剣が顕現した。
それは蒼の剣ーー。
カーラによって、奪われたはずの剣がそこにあった。
望が剣の柄を手に取ると、蒼の剣からまばゆい光が収束する。
蒼の剣からは、かってないほどの力が溢れていた。
「はあっ!」
望はその一刀に全てを託し、何もない空間に向かって剣を振り下ろす。
その瞬間、望の剣戟に切り刻まれた空間が二つに切り裂かれる。
「ーーっ」
室内にまばゆい光が溢れると同時に、靄がかかったように、望の視界が再び、白く塗りつぶされていく。
身体の感覚も薄れて、まるで微睡みに落ちるようだった。
思わず、意識を手放しかけそうになったその時ーー望の視界は暗転し、『カーラ』のギルドホームに戻っていた。
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