望達が部屋に入ると、リノアはベッドに寝かされていた。
「……っ」
望が近づくと、リノアの喘ぐような声が聞こえてきた。
上半身を起こし、目覚めたばかりのように薄く目を開けている。
「目を覚ましたのか?」
「……目を覚ましたの?」
望の言葉に返ってきたのは透き通るような小さな声。
触れただけで溶けてしまいそうな、雪を彷彿させる繊細な声だった。
「もう大丈夫なのか?」
「もう大丈夫なの?」
望が発した疑問に、リノアもまた、同じ問答を返した。
目を見張る望の前で、リノアもまた、不思議そうに同じ動作を繰り返す。
「美羅ちゃんの適合者。リノアちゃんを元に戻したら、他の人が美羅ちゃんの器になるんだね……」
花音は途方にくれたようにつぶやくと、リノアの安否を気遣う。
「リノアちゃん、大丈夫?」
「リノア、大丈夫なのか?」
花音と勇太が手を伸ばして呼びかけるものの、リノアからの反応はない。
望は感覚的に自身の手足を動かすようにリノアを動かしてみる。
「ああ」
「うん」
望が手を伸ばすと、リノアもまた、そっと手を伸ばした。
同じ表情、同じ動作をした二人。
そのうち、望の手が花音の手と、そしてリノアの手が勇太の手と重なる。
「……リノア」
目の前にいるのはリノアなのに、まるでどこか得体の知れない相手と対峙しているような気分に襲われた。
望と同じリノアの表情が、どうしようもなくそれを証明する。
それでも、リノアは勇太に対して柔らかな笑みを浮かべていた。
「そうか」
花開くようなリノアの笑みに、勇太は表情をこれ以上ないほど綻ばせる。
リノアは望の側なら動く事が出来る。
同じ言動だが、話す事も出来る。
だが、それでも心配の種は尽きない。
信也を捕らえたとはいえ、現実世界のリノアは今もまだ、『レギオン』と『カーラ』の関係者がいる病院に囚われたままだからだ。
久遠リノア。
同じクラスメイトで、いつも意気投合していた彼女。
些細な喧嘩が元で絶交中だった彼女。
だけど、不器用な俺はいつまでも彼女に謝ることすらできなかった。
だから、今度こそ、彼女に謝りたい。
そして、もう一度、彼女に笑ってほしい。
幼い頃の勇太は毎日が楽しくて仕方がなかった。日々、大好きな幼なじみのリノアと遊んで、家に帰れば優しい笑顔で家族が迎え入れてくれる。
そんな当たり前の幸せな日々。
これからもそんな日々が続くと思っていた。
『勇太くん』
大輪の向日葵のような、思わず目を奪われるリノアの笑顔。
俺は幼い頃からリノアが好きだった。
時が廻り、季節が廻っても、この思いだけは変わらない。
リノアに伝えたい想いはたくさんある。
これから長い時を一緒に過ごすたびに、それは増えていくのだろう。
一言に集約できない気持ちはいつか全部、彼女に伝えきれる日が来るだろうか。
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