「役目か……」
信也は奏良が口にした言葉を反芻する。
信也は当初の予定どおり、美羅から授かった『明晰夢』の力を行使して、望と愛梨を捕らえる腹積もりだ。
たとえ、その思惑を利用されても、信也は実行へと移そうとする。
それは信也自身の矜持か、それともーー。
「私の役目は世界に安寧をもたらすことだ」
その根底にあったのは、自らの役目を果たすための機能だけ。
一毅と美羅の願いを叶えるために存在し続けること。
そして、賢とかなめのために世界に理想を殖え続けること。
その四者の命題を果たすために、信也は自身の能力を常に行使し続けていた。
信也が物心ついてより、世界はひたすらに過酷だった。
生きていれば、必ず死ぬ。
それはどうすることもできないこの世の理(ことわり)だ。
そして、世界は足の踏み場もないほどに死の要因で満ちている。
信也が幼少の頃から見てきた現実だった。
「悲しいな。人は生きるうえで、あまりに苦痛が多すぎる」
信也は憂いを帯びた声でそうつぶやいた。
「だから、一毅。君は美羅をこの世界に残したのだろう?」
信也の視線が向かう先には、過去の景色が広がっていた。
ずっと、みんなの傍にーー。
大切な仲間達に希う想い。
それは距離や関係の話だけではなく、互いの命のすれ違いも含めて。
「……この理想の世界なら、賢もかなめも確かに苦しむことはないな」
信也の望むのは安寧だ。
安寧は信也の心に安らぎを与えてくれる。
だからこそ、信也は医学を学び、医師を志した。
そして、妹のかなめの紹介で賢と一毅と美羅に出会った。
四人はいつでも共に在る。
姿形が異なれど、永劫の別離など彼らの前には存在はしない。
それが賢の胸中そのもの。
不意に訪れた大切な人達との別離は、彼にとっての驚愕だったのだろう。
しかし、それはその場に居合わせた信也達も同じ心境だった。
賢と一毅と美羅は、信也とかなめにとって大切な存在だった。
どのような困難に見舞っても手を繋いで進んでゆくという希望であった。
蒼穹のような輝きを持った彼らは歌うように生を謳歌する。
長閑な世界が喧噪から遠く、四人を運んでくれるから。
止まない雨は無い。
明けない夜も無い。
奏でる音色はきっと美しく響き渡る。
『だって、見て。空はこんなにも蒼いんだもの』
今はもういないはずの美羅が優しく微笑んだ。
まるで幼子のように微笑んだ笑顔は甘やかな色彩に彩られる。
彼女の髪が風で揺らぐ様さえも愛おしい。
ーー例え、世界が別つとも。
四人は決して逸れることがなきように手を握っている。
この蒼穹が、いつでも自分達を繋いでいてくれると信じているから。
「そうだろう? 美羅、それが君の望んだものなのだから」
安定していた現実世界に強引な手を加えるのであれば、別の世界ーー仮想世界に反動が起きることは必至である。
だが、信也はその状況下に高揚していた。
美羅の望んだ世界なら、誰しも苦しまなくていいから。
大切な人を再び、失うこともないのだから。
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