ダンジョンは細い通路が緩やかに延びており、両脇の燭台が周囲を薄く照らしていた。
「ふむ。この先の隠し通路に例の素材があるのか。しかし、そこには、このダンジョンのボスがいる、と」
有はインターフェースを使い、目の前に表示されているダンジョンマップに沿って歩いていく。
周囲に視線を巡らせていた花音は、興味津々の様子で望のもとを訪れると甘く涼やかな声で訊いた。
「望くん。さっきの人って、望くんの知り合い?」
「いや、知らない」
「じゃあ、望くんのファンだねー」
望の答えに、花音はあまり冗談には思えない顔で言って控えめに笑う。
そこで、有が核心に迫る疑問を口にした。
「何だ? 望、椎音紘と知り合いじゃなかったのか?」
「……椎音紘? もしかしてあいつが、あの『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスターなのか!」
望の驚愕に応えるように、有は物憂げな表情で腕を組んだ。
「ああ。『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスター、椎音紘。『創世のアクリア』のユーザー達の中でも三人しかいないと言われている特殊スキルの使い手だ」
「俺と同じ特殊スキルの使い手……」
望の問いかけに真剣な口調で答えて、有はまっすぐダンジョン内を見つめる。
椎音紘。
どんな状況からも決して負けない高位ギルドのマスター。
多くのプレイヤー達が、羨望の眼差しで見つめた最強不敗のプレイヤーだ。
また、『アルティメット・ハーヴェスト』は『創世のアクリア』で名を馳せる高位ギルドの一つで、マスターである紘をはじめ、メンバー達も実力者揃いだった。
「そんな感じには見えなかったな」
「そうだね」
望が咄嗟にそう言ってため息を吐くと、花音は元気づけるように望を見上げた。
「ーーって、わっ! お兄ちゃん、望くん、モンスターが出たよ!」
望達が奥に進んでいくと、三体のスライムタイプのモンスターが待ち構えていた。
花音が怯えたように、有の背後に隠れる。
モンスターの頭上にはHPを示す、青色のゲージが浮いている。
丸くて愛嬌のある顔立ち、グミのような柔らかくて弾力のある質感でありながら、彼らの攻撃方法である体当たりは、ゲームを始めたばかりのプレイヤーには脅威だ。
だが、熟練のプレイヤーである望達は、初心者用のダンジョンに出てくるモンスターに後れは取らない。
「お兄ちゃん、どうしよう? モンスターが襲ってきたよ!」
「初期ステータスのポイントを、素早さに全振りしているから大丈夫だ。妹よ、モンスターの背後に回るぞ!」
「うん!」
会話の内容と呼応するように、前衛の望をブラインドして近づいていた有と花音が、それぞれの武器を構えた状態でモンスターの死角から現れる。
有の杖と花音の鞭。
有と花音の連携攻撃に気を逸らされたモンスター達は、急接近してきた望の剣戟に切り刻まれて、あっさりと地に伏せた。
「有、隠し通路まではどのくらいだ?」
「あと少しだな」
「わーい! お兄ちゃん、望くん、大勝利!」
望が、有と顔を見合わせてそう言い合うと、花音は嬉しそうに二人にしがみつく。
そして、一旦、離れると、両手を広げてその場をぴょんぴょんと跳ねる。
望達がしばらく歩いていると、淡い青色の壁のパネルの一つが不自然に光っている箇所があった。
「ここが隠し通路だ」
有がパネルに触れると、地響きとともに壁の一角が開いた。
中に入ると、周囲の光景が変化する。
淡い青色の壁は、周囲に眩しく照らす黄金色に変わっていた。
金色に輝く部屋は豪華絢爛で、まるで宝物庫のようだった。
「あれ? お兄ちゃん、望くん、あそこに誰か倒れているよ!」
花音が手に持った鞭で指し示す。
部屋の中央には、一人の少女が背中を丸めて寝ていた。
「おい、大丈夫か?」
望が駆け寄っても、少女はぐったりとして動かない。
この部屋には、ダンジョンのボスがいるはずだ。
だが、肝心のボスの姿が見当たらない。
もしかしたら、この子が先にボスに倒してしまったかもしれないな。
「ーーっ」
そう思ってその少女に触れた瞬間ーー望は呼吸すら忘れたように少女に見入ってしまった。
腰まで伸びた透き通るようなストロベリーブロンドの髪。
病的なまでに白い肌。
穢れなき白を基調したドレスは、愛らしいフリルと金糸の刺繍で上品に彩られている。
まるで物語の中の眠り姫のような出で立ちに、一目で人を惹き付けるほどの美貌。
彼女を見ていると、まるで意識が吸い込まれそうになる。
なのに何故か、この少女から目を離すことができない。
望は次第に、まるで自分がこの少女であるような錯覚に陥っていった。
「ねえ、望くん。この子、大丈夫かな?」
「ーーっ!」
気づかうように顔を覗き込んできた花音を見て、望はようやく現実に焦点を結ぶ。
「ーーあ、ああ、そうだな」
「の、望くん、大丈夫? 顔色悪いよ?」
頭を押さえる望を見て、花音は不安そうに顔を青ざめる。
「望、花音、目的の素材は採取できた。ボスもいないようだし、ギルドに戻るぞ」
「お兄ちゃん、望くんとこの子の体調、大丈夫かな?」
「とにかく、ギルドに戻るしかーー」
有が、花音の戸惑いに答えようとしたその時ーー。
鋭く重い音が響き、血飛沫を散らしながら、有の身体が吹き飛んだ。
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