兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第ニ話 憧憬②

公開日時: 2020年10月25日(日) 08:52
文字数:2,081

ダンジョンは細い通路が緩やかに延びており、両脇の燭台が周囲を薄く照らしていた。


「ふむ。この先の隠し通路に例の素材があるのか。しかし、そこには、このダンジョンのボスがいる、と」


有はインターフェースを使い、目の前に表示されているダンジョンマップに沿って歩いていく。

周囲に視線を巡らせていた花音は、興味津々の様子で望のもとを訪れると甘く涼やかな声で訊いた。


「望くん。さっきの人って、望くんの知り合い?」

「いや、知らない」

「じゃあ、望くんのファンだねー」


望の答えに、花音はあまり冗談には思えない顔で言って控えめに笑う。

そこで、有が核心に迫る疑問を口にした。


「何だ? 望、椎音しいねひろと知り合いじゃなかったのか?」

「……椎音紘? もしかしてあいつが、あの『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスターなのか!」


望の驚愕に応えるように、有は物憂げな表情で腕を組んだ。


「ああ。『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスター、椎音紘。『創世のアクリア』のユーザー達の中でも三人しかいないと言われている特殊スキルの使い手だ」

「俺と同じ特殊スキルの使い手……」


望の問いかけに真剣な口調で答えて、有はまっすぐダンジョン内を見つめる。

椎音紘。

どんな状況からも決して負けない高位ギルドのマスター。

多くのプレイヤー達が、羨望の眼差しで見つめた最強不敗のプレイヤーだ。

また、『アルティメット・ハーヴェスト』は『創世のアクリア』で名を馳せる高位ギルドの一つで、マスターである紘をはじめ、メンバー達も実力者揃いだった。


「そんな感じには見えなかったな」

「そうだね」


望が咄嗟にそう言ってため息を吐くと、花音は元気づけるように望を見上げた。


「ーーって、わっ! お兄ちゃん、望くん、モンスターが出たよ!」


望達が奥に進んでいくと、三体のスライムタイプのモンスターが待ち構えていた。

花音が怯えたように、有の背後に隠れる。

モンスターの頭上にはHPを示す、青色のゲージが浮いている。

丸くて愛嬌のある顔立ち、グミのような柔らかくて弾力のある質感でありながら、彼らの攻撃方法である体当たりは、ゲームを始めたばかりのプレイヤーには脅威だ。

だが、熟練のプレイヤーである望達は、初心者用のダンジョンに出てくるモンスターに後れは取らない。


「お兄ちゃん、どうしよう? モンスターが襲ってきたよ!」

「初期ステータスのポイントを、素早さに全振りしているから大丈夫だ。妹よ、モンスターの背後に回るぞ!」

「うん!」


会話の内容と呼応するように、前衛の望をブラインドして近づいていた有と花音が、それぞれの武器を構えた状態でモンスターの死角から現れる。

有の杖と花音の鞭。

有と花音の連携攻撃に気を逸らされたモンスター達は、急接近してきた望の剣戟に切り刻まれて、あっさりと地に伏せた。


「有、隠し通路まではどのくらいだ?」

「あと少しだな」

「わーい! お兄ちゃん、望くん、大勝利!」


望が、有と顔を見合わせてそう言い合うと、花音は嬉しそうに二人にしがみつく。

そして、一旦、離れると、両手を広げてその場をぴょんぴょんと跳ねる。

望達がしばらく歩いていると、淡い青色の壁のパネルの一つが不自然に光っている箇所があった。


「ここが隠し通路だ」


有がパネルに触れると、地響きとともに壁の一角が開いた。

中に入ると、周囲の光景が変化する。

淡い青色の壁は、周囲に眩しく照らす黄金色に変わっていた。

金色に輝く部屋は豪華絢爛で、まるで宝物庫のようだった。


「あれ? お兄ちゃん、望くん、あそこに誰か倒れているよ!」


花音が手に持った鞭で指し示す。

部屋の中央には、一人の少女が背中を丸めて寝ていた。


「おい、大丈夫か?」


望が駆け寄っても、少女はぐったりとして動かない。


この部屋には、ダンジョンのボスがいるはずだ。

だが、肝心のボスの姿が見当たらない。

もしかしたら、この子が先にボスに倒してしまったかもしれないな。


「ーーっ」


そう思ってその少女に触れた瞬間ーー望は呼吸すら忘れたように少女に見入ってしまった。

腰まで伸びた透き通るようなストロベリーブロンドの髪。

病的なまでに白い肌。

穢れなき白を基調したドレスは、愛らしいフリルと金糸の刺繍で上品に彩られている。

まるで物語の中の眠り姫のような出で立ちに、一目で人を惹き付けるほどの美貌。

彼女を見ていると、まるで意識が吸い込まれそうになる。

なのに何故か、この少女から目を離すことができない。

望は次第に、まるで自分がこの少女であるような錯覚に陥っていった。


「ねえ、望くん。この子、大丈夫かな?」

「ーーっ!」


気づかうように顔を覗き込んできた花音を見て、望はようやく現実に焦点を結ぶ。


「ーーあ、ああ、そうだな」

「の、望くん、大丈夫? 顔色悪いよ?」


頭を押さえる望を見て、花音は不安そうに顔を青ざめる。


「望、花音、目的の素材は採取できた。ボスもいないようだし、ギルドに戻るぞ」

「お兄ちゃん、望くんとこの子の体調、大丈夫かな?」

「とにかく、ギルドに戻るしかーー」


有が、花音の戸惑いに答えようとしたその時ーー。


鋭く重い音が響き、血飛沫を散らしながら、有の身体が吹き飛んだ。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート