「でも、お兄ちゃん。そろそろ、勇太くん達が家に帰らないといけない時間だよ」
「そうだな」
「そうだね」
花音が懸念材料としてインターフェースで表示した時刻を、望とリノアはまじまじと見つめる。
学校が終わったばかりの夕方の時刻から、目的のダンジョンに向かったためか、既に夜の時刻になっていた。
次の日が休日だとはいえ、これ以上、連絡もなしに帰りが遅くなるのは厳しい。
「とりあえず、紘にメッセージを飛ばしてみるな。紘のことだから、勇太達の家に対して、何かしらのフォローはしていると思うけれどな」
メッセージは、プレイヤー同士を繋ぐ通信手段だ。
徹が半透明のホログラフィーを表示して、紘に向けて文字を入力し、送信する。
「心配するな、妹よ。今回は帰りが遅くなることを見越して、ダンジョンに向かう前に、母さんに望達の家への事前連絡を頼んでいる。既に、自宅では望達が泊まるための準備は整っているはずだ」
「さすが、お兄ちゃん、お母さん!」
有の発言に、花音は両手を広げて歓喜の声を上げた。
「有の家に泊まるのは僕達だけか。残りのメンバーは、いろいろと大変だろうな。君達、『アルティメット・ハーヴェスト』は、彼らの支援を充実させてくれ」
「……おまえ、いつも一言多いぞ」
銃の整備をしていた奏良の素っ気ない言及に、徹は恨めしそうに唇を尖らせる。
「今日は、望くんと奏良くんがお泊まりするんだね!」
「その通りだ、妹よ」
喜び勇んだ妹の意を汲むように、有は自身の考えを纏めた。
「だが、妹よ。喜ぶのは、現実世界に帰還して、安全を確保してからだ」
有は長々とため息をついてから、決然とこれからの方向性へと目線を向けた。
残りのダンジョン調査は、三ヶ所全て、調査を終えられる方法を模索する必要がありそうだなーー。
不意に別の見解が、有の意識の俎上(そじょう)に乗る。
「わーい! 望くん達と一緒に、お泊まり会だよ!」
「そうだな」
「そうだね」
花音は両手を前に出して、水を得た魚のように目を輝かせる。
そんな花音の笑顔を、望とリノアは眩しそうに見つめていた。
『創世のアクリア』のプロトタイプ版から現実世界へとログアウトした後、望達は張りつめたような緊張感からようやく解放される。
「ここは、有の部屋だよな」
望は周囲に視線を巡らせ、ここがログインした場所ーー有の部屋であることを認識する。
望と同じ言動を繰り返していたリノアはいない。
今頃、仮想世界のリノアはギルドで、プラネットに見守られながら眠りについているはずだ。
だが、現実世界のリノアは今も『レギオン』と『カーラ』の関係者達がいる病院に入院させられている。
現実世界が、美羅による理想の世界へと変わった今、リノアの退院の手続きはもはや、リノアの家族の一任だけでは決められない。
リノアは病院で施された医療機材によって、強制的に『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせられていた。
しかし、裏を返せば、今の彼女は望達が側にいるか、それ相当の医療処置を受けない限り、生き続けることはできなかった。
時折、街中に響く音を聞きながら、花音は窓辺から夜景をぼんやりと眺める。
月の灯に照らされた横顔は、いつにも増して寂しく、疲れているように見えた。
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