兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第六十六話 終わらない幻想の中①

公開日時: 2020年12月4日(金) 16:30
文字数:2,196

「あっ……」


愛梨に異変が起きたのは、有達が射的を終えた後、別の出店に行こうとして湖のほとりを歩いていた時だった。


「よし、妹よ。転送アイテムで、街の入口に行くぞ!」

「うん!」

「……っ」


有の指示に、花音は大きく同意すると、愛梨の手を引いて駆け寄った。

花音達が転送アイテムを掲げた有の傍に立つと、地面にうっすらと円の模様が刻まれる。

有達が気づいた時には視界が切り替わり、湖畔の街、マスカットの前にいた。

街の入口に移動するのもどうかと考えたが、幸い、今日は聖誕祭の影響で、街の入口は閉散としていて人気はなかった。


「愛梨ちゃん、大丈夫?」

「……っ」


花音が疑問を口にしたその瞬間、表情を強張らせていた愛梨の身に変化が起きた。

光が放たれると同時に、ストロベリーブロンドの髪の煌めきが飛散し、光芒が薄闇に踊る。

光が消えると、そこには愛梨ではなく、望が立っていた。


「ーー愛梨から、もとに戻ったのか?」


意識を取り戻した時、望はすぐに自身の身に起きた違和感に気づいた。

先程まで自身の特殊スキルにより、愛梨と入れ替わっていたはずなのに元の姿に戻っている。

周囲を見渡すと、望の視界には、幻想的な夜景がどこまでも遠く広がっていた。


「望よ、もとに戻ったのか?」

「マスター!」


望の姿を見て、有とプラネットは明確な異変を目の当たりにする。


「望。おまえに戻ったのか……」


射的で手に入れたアクセサリーを、愛梨に渡そうと考えていた奏良は落胆した声でつぶやいた。

花音はそのタイミングで、ギルド専用のアイテム収集鞄から蒼の剣を取り出す。


「望くんの新しい剣だよ」

「花音、ありがとうな」


望は花音から蒼の剣を受け取ると、不思議そうに剣を見つめた。


「望、奏良、プラネット、妹よ。今後のことで相談しておきたいことがある。そろそろ、ギルドに戻るぞ」

「ああ」

「うん」


有が咄嗟にそう言って表情を切り替えると、望と花音は嬉しそうに応じる。

望達は街の雑踏をかき分けて、ギルドへと足を運ぶ。


「ただいま、お母さん」

「お帰り。有に頼まれていた条件のクエスト、いくつか探しておいたよ」


望達がギルドに入ると、有の母親がインターフェースを使って、クエストの情報を散見していた。


「わーい! また、新しいクエストに行けるよ!」


予想もしていなかった有の母親の言葉に、花音は嬉しそうにはにかんだ。

望は居住まいを正して、真剣な表情で尋ねる。


「新しいクエストを受けるんだな」

「ああ。今回は、転送石を手に入れるために、報酬が多いクエストを探してもらっている」


有の母親は軽い調子で指を横に振り、望達の目の前に幾つかのクエスト名を可視化させた。


討伐クエスト。

護衛クエスト。

探索クエスト。

アイテム生成クエスト。


様々な種類のクエストが表示されている。

その中で、望は不可思議なクエストに気づき、目を瞬かせた。


・『特殊スキルの使い手の捜索と捕縛』


「特殊スキルの使い手!」

「どうやら、本格的にクエストに導入してきたみたいだね」


意表を突かれた望の言葉に、有の母親は躊躇うように表情を曇らせる。

その瞬間、望達の目の前には、クエストの詳細が明示された。


『特殊スキルの使い手の捜索と捕縛』


・成功条件

 特殊スキルの使い手の捕縛

・目的地

 不明

・受注条件

 特になし

 

・報酬

 ニ億ポイント

 特殊スキルの使い手、一人当たりの配分になります。


「ニ億ポイント!」

「転送石、たくさん買えるよ!」


目を見張るような報酬を見て、望と花音は驚愕する。

もっとも恐れていた事態の到来に、奏良は悔しそうに言葉を呑み込む。


「有。このクエストの提供元は分からないのか」

「『レギオン』か、『カーラ』だとは思うが、調べてみないと分からないな」


奏良の懸念に、有はインターフェースを操作して、クエストの提供者を割り出そうとした。


「奏良よ、出たぞ。どうやら『カーラ』が、このクエストを提示してきたようだ」

「有様。『カーラ』は、提供者へのアクセスを拒否されていないのですか?」


有の言葉に反応して、プラネットがとらえどころのない空気を固形化させる疑問を口にする。

通常、クエストの提供元を割り出すのは困難である。

しかし、今回のクエストでは、有が調べて間もないうちに特定することができた。

つまり、『カーラ』は、自身のギルドが特殊スキルの使い手を探していることを包み隠さず提示していることになる。


「プラネットよ、その通りだ。恐らく、俺達、『キャスケット』と『アルティメット・ハーヴェスト』への宣戦布告だろう」


メルサの森での出来事を想起させるような状況に、有は切羽詰まったような声で告げる。

望は瞬きを繰り返しながら、愛梨としての記憶を思い出してつぶやいた。


「特殊スキルは、仮想世界のみならず、現実世界をも干渉する力か。『カーラ』のギルドマスターは、確か女性の人だったよな」


不可解な謎を前にして、望は思い悩むように両手を伸ばした。

有はクエストの内容を視野に収めると、表情を引きしめる。


「望、奏良、母さん、プラネット、そして、妹よ。今後の方針についてだが、今回のクエストは『カーラ』側の誤情報であることを掲示板を提示するつもりだ。そして、転送アイテムを用いて、敵陣営であるーー幻想郷『アウレリア』に赴こうと思っている」

「なっ……!」

「お兄ちゃん、掲示板に書くの?」

「幻想郷『アウレリア』に赴くのか!」

「危険ではないのでしょうか?」


有の決定は、望達の理解の範疇を超えた代物だった。

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