「今は椎音紘の対処に手一杯で、リノアを転移させることはできないようだな」
有はモンスターの死角になる場所に駆け出すと、信也と相対している紘に視線を向けた。
特殊スキル。
世界を牛耳る力と謳われ、現実世界をも干渉する力。
そして、全ての世界そのものを改変させることすら可能な、万能の力。
有は紘が語っていた特殊スキルの内容を呼び起こす。
『美羅の器であるリノアは、『レギオン』と『カーラ』の者達にとって決して失うことができないカードだ。リノアが意識を失えば、一時的とは美羅の力は発動しない』
紘の淡々と語った内容、しかし有達には額面以上の重みがあった。
リノアの意識を失わせる。
有は改めて、その意味を脳内で咀嚼する。
美羅が求めているものは特殊スキルの使い手。
『レギオン』と『カーラ』の者達も同様に求めているものは望達、特殊スキルの使い手の力だ。
『レギオン』と『カーラ』の目論見は愛梨に特殊スキルの力を使わせることによって、美羅の真なる力の発動させることだった。
だが、もしリノアの意識を失わせることができたら、今まで封じられていた愛梨の特殊スキル、『仮想概念(アポカリウス)を使うことができるかもしれない。
しかし、それを行うためには望の行動が鍵となる。
ならば、出来る限りの支援をしていくしかない。
「奏良よ、ここは俺達に任せてほしい。望達のサポートを頼む」
「言われるまでもない」
有の指示に、奏良は弾丸を素早くリロードし、『レギオン』のギルドメンバー達に向けて銃を構えた。
発砲音と弾着の爆発音が派手に響き渡る。
「「はあっ!」」
跳躍した望とリノアの一撃が剣閃を煌めかせる。
しかし、『レギオン』のギルドメンバー達は散開して望とリノアの攻撃を回避した。
「妹よ、奏良がいない間、俺達でモンスターの猛攻を凌ぐぞ!」
「うん。お兄ちゃん、任せて!」
有は鞭を振るう妹に意思を示すように直言する。
信也の攻撃をリノアに命中させる。
あくまで目的はモンスターを足止めしている間にリノアを気絶させること。
気絶を確約するものではなく、愛梨の特殊スキルを発動できるかも未知数。
むしろ、信也は何らかの方法で対処に回る可能性もあった。
しかし、それでもリノアを気絶させることができれば、信也達の動きに乱れが生じるはずだ。
「蜜風望と久遠リノアが間近に迫っているか」
紘の猛追を受けながらも、信也は目を凝らして陣形が組まれた街道を眺めた。
「連綿と続く攻防の中、さすがにこれ以上、『アルティメット・ハーヴェスト』の本拠地を攻めるのは得策ではないな」
数の有利不利など凌駕する勢いで『アルティメット・ハーヴェスト』は攻め立ててくる。
しかし、信也の『明晰夢』の力が封じられているとはいえ、『レギオン』と『カーラ』の連合軍の防衛網を打ち破るのは一筋縄ではいかない。
それが分かっているからこそ、信也は落ち着いた口調で作業じみたため息を吐いた。
「さて、蜜風望くん達はこの状況をどう覆すのか」
そこで信也は間近に迫りつつある望達に目を向けた。
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