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留菜マナ
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第百三十ニ話 消えないで、愛の灯⑨

公開日時: 2021年1月28日(木) 16:30
文字数:2,042

有の家に集まった望達は、携帯端末を操作して、『創世のアクリア』のプロトタイプ版へとログインする。

オリジナル版と同様に、目の前に広がる金色の麦畑や肌に纏わりつく風と気候も、まるで本物のように感じられた。

だが、有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並みは閉散としていて人気は少ない。

唯一、見かけるのは、NPCである店員の姿だけだった。


「お兄ちゃん。プロトタイプ版にログインしているのは、私達だけなのかな?」

「妹よ。恐らく、『アルティメット・ハーヴェスト』、そして、『レギオン』と『カーラ』の者達もログインしているはずだ」


花音の戸惑いに、有は思案するように視線を巡らせる。


「あの時、緊急事態による強制ログアウトだと言っていたな」


奏良はシステムメッセージが告げた内容を思い返して、渋い顔をした。


「NPCだけではなく、オリジナル版の世界観そのもが、全てプロトタイプ版に移行されている。原因不明の帰還状態といい、何者かが裏で糸を引いていたと考えるべきだろうな」

「『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』のクエストが終了した後、『レギオン』は妙に落ち着きを払っていた。恐らく、プロトタイプ版の移行に関して、何かしらの事情を知っていたのだろう」


奏良の懸念に、有は推測を確信に変える。


「とにかく、望、奏良、母さん、妹よ。ギルドで情報収集をおこなうぞ!」

「ああ」

「うん」

「そうだね」

「それしか、この状況を打破する手段はなさそうだからな」


有の方針に、望と花音と有の母親が頷き、奏良は渋い顔で承諾する。

目的が定まった望達は早速、ギルドへと足を運ぶ。


「マスター、有様、花音様、奏良様、有様のお母様、お久しぶりです」

「プラネット!」

「プラネットよ、無事だったようだな!」

「わーい、プラネットちゃん!」


望達がギルドに入ると、行方が分からなくなっていたプラネットが控えていた。

アンティークな雑貨の数々と、有の母親の火の魔術のスキルで光らせている灯は、ギルド内に幻想的な雰囲気を醸し出している。

プラネットとの再会の喜びも束の間、有は今後のことを思案した。


どうやら、ギルド内の様子も、オリジナル版とさほど変わりないようだ。

しかし、あの後、何が起きたーー?


何故、どうしてという疑問が、有の思考を埋め尽くす。


「プラネットよ、あの後、どうなった?」

「有様達が帰還された後、私達、NPCも、この世界ーー『創世のアクリア』のプロトタイプ版に転送されました」


有の的確な疑問に、プラネットは訥々と答える。


「プレイヤーだけではなく、NPCも強制転送か」


プラネットの説明に、奏良はカウンターに背を預けて、疲れたように大きく息を吐いた。


「この世界そのものが、プロトタイプ版だと分かっていた。何故、この世界がプロトタイプ版だと分かったんだ?」

「ギルドに転送された後、『プロトタイプ版に移行されました』というシステムメッセージが表示されました」


奏良の質問に、プラネットは寂しそうに微笑する。

そのタイミングで、有は先程から気がかりだった事を切り出した。


「プラネットよ、運営側が管理していたNPC達はどうなっている?」

「プロトタイプ版にログインされています、高位ギルドが近場のNPCの管理を引き継いでいます」


有の鋭い問いに、プラネットは丁重に答えた。


「これまでの状況に関しては、他のNPCーーペンギン男爵様達とともに情報共有しています」


プラネットは、人数分の紅茶を準備すると、丁重にテーブルに並べる。

お茶請けは、焼きたてのパンケーキだった。

花音は席に座ると、未(いま)だ温かなふわふわの生地に、ハチミツを添える。


「わーい! プラネットちゃんの作ったパンケーキ、すごく美味しいよ!」


ケーキを切り分けて一片を頬張った花音は、屈託のない笑顔で歓声を上げた。

それに倣って、席に座った望達も、パンケーキを切り分けて口に運ぶ。


「本物のパンケーキを食べているみたいだな」


まるで現実のパンケーキを食べているような味と匂いと食感。

想像以上の再現度に、望は感極まってしまう。


「よし、食事を終えたら、改めて『創世のアクリア』のプロトタイプ版の状況を確認するぞ」

「うん」


有が発した指示に、ワッフルを食べ終わった花音は大きく同意する。

だが、花音はすぐに思い出したように唸った。


「でも、お兄ちゃん。情報を収集するには、どうしたらいいのかな?」

「そうだな」


もっともな花音の疑問に、望も同意する。


「有。プロトタイプ版には、運営はいないはずだ。僕達と協力関係にある、『アルティメット・ハーヴェスト』とコンタクトを取るつもりなのか?」

「いや、『アルティメット・ハーヴェスト』とコンタクトを取る前に、プラネットにこれまでのことを確認する必要がある」


奏良の疑問を受けて、有はプラネットに目配せした。


「プラネットよ、頼む」

「はい。有様、こちらをご覧下さい」


有の指示に、プラネットは恭しく礼をする。

そして、軽い調子で指を横に振り、望達の目の前に複数のクエスト名を可視化させた。

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