有と対峙する紘に向かって、花音は咄嗟に声をかけた。
「ねえ……。愛梨ちゃん、大丈夫かな?」
「愛梨のことは、叔父と叔母に守ってくれるように頼んでいる」
紘のその反応を聞いて、花音の背筋に冷たいものが走る。
意味は分かるのに、意味を成さない言葉。
花音は意を決したように、先程とは違う別の疑問を口にした。
「『レギオン』と『カーラ』の人達は、愛梨ちゃんの特殊スキルを使わせようとしているんだよね?」
「その通りだ。これからもゲーム内で愛梨と入れ替わることは控えてほしい。愛梨の特殊スキルを狙う者達への考慮、そして、久遠リノアとのシンクロによって、美羅の真なる力が覚醒してしまう恐れがあるからな」
長い沈黙を挟んだ後で、紘は淡々と答える。
先程と同じく、意味は分かるのに、意味を成さない言葉。
不信感を抱いたまま、花音は決まり悪そうに意識して表情を険しくした。
「椎音紘よ。リノアが望と愛梨の特殊スキルを使うことで、美羅の真なる力が発動してしまうような言い方だな。防ぐ手段はそれしかないような言い回しだとも取れる」
押し黙ってしまった花音の代わりに、席に着いた有は核心に迫る疑問を口にする。
望と愛梨の特殊スキルによる現象については、続く紘の説明で徐々に具体性を帯びてきた。
「ああ、その通りだ。既に織(し)っている。私の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』によってな」
「「『強制同調(エーテリオン)』。愛梨をいつも守ってくれている力……」」
望とリノアの呟きに、紘は表情の端々に自信に満ちた笑みを迸る。
それが答えだった。
奏良はそれでも納得できない様子で、疑問を投げかけた。
「望と愛梨、二人とシンクロすることで、美羅は真なる力を発動する。だが、あなたも特殊スキルの使い手のはずだ。あなたの力で、『レギオン』と『カーラ』の企てから望と愛梨を守る事が出来ないのか?」
「私達が特殊スキルの使い手として選ばれたのは、『創世のアクリア』のプロトタイプ版の開発者である二組の兄妹に近い存在だったからだ。そして、蜜風望と愛梨は、吉乃美羅にもっとも近い存在でもある」
奏良の言葉に、紘は拳を握りしめ、苦悩の表情を晒す。
「美羅の力は、私の特殊スキルの力を上回る現象を引き起こしている。私のみの力ではもはや、愛梨達を守り通す事は出来ないだろう」
「ーーっ」
驚きを禁じ得ない紘の発言に、望達は二の句を告げなくなってしまってしまう。
望とリノアは一呼吸置くと、戸惑いながらも尋ねる。
「俺と愛梨は吉乃美羅さんにもっとも近い存在なんだよな……?」
「私と愛梨は吉乃美羅さんにもっとも近い存在なんだよね……?」
「彼らの性格に近いということだ。とりわけ、君と愛梨は、究極のスキルの要となった『吉乃美羅』にもっとも性格が近い」
紘は席に座ると、あくまでも事実として突きつけてきた。
「椎音紘よ。『レギオン』と『カーラ』が敬っている『美羅』を止める手段はないのか?」
そう問いかけてきた有をまっすぐに射貫くと、紘は静かな声音で真実を告げる。
「美羅の存在を消滅させるしかない」
「……やはり、それしかないようだな」
紘の宣告に、有は驚きと同時に合点がいく。
「美羅か……」
リノアとリノアの家族が妄執に囚われていた存在。
現実世界が無惨な末路へと至った元凶。
先程まで抱いていた懸念が払拭した勇太は苦々しく舌打ちした。
痛いような沈黙。
やがて、感情の消えた瞳とともに、紘はあくまでも自分に言い聞かせるように継げる。
「美羅は『レギオン』の者達が産み出した、愛梨と吉乃美羅のデータを合わせ持つ『救世の女神』ともいうべき存在だ。特殊スキルの使い手である蜜風望と愛梨にシンクロさせることによって、実際の人間と同化させられるところまで進化を果たしている」
「「進化……?」」
どうしようもなく不安を煽るそのフレーズに、望とリノアは焦りと焦燥感を抑えることができなかった。
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