「ここまで何事もなかったな」
徹は道中、不穏な出来事がなかったことに安堵の吐息を零す。
しかし、紘の心中には徹が感じたものとは全く異なる緊張が走っていた。
「いや、今も私達を見張っている」
紘が発した発露は相手の出方を確かめるような物言いだった。
「なっ……!」
「既に尾行されていたのか……」
鋭く声を飛ばした徹と奏良は急ぎ周囲を見回す。そして、木々の隙間から愛梨の様子を窺っている者達の存在に気づいた。
「椎音愛梨をこちらに渡してもらおうか?」
「そうはさせるかよ!」
「愛梨を守ることが僕の役目だ!」
果たして『レギオン』と『カーラ』と思わしき者達は即座に愛梨のもとに向かおうとしたが、その行く手を徹と奏良を始めとした愛梨の護衛を務めていた『アルティメット・ハーヴェスト』の者達によって阻まれる。
「愛梨のお兄さん、心配しないで下さい。愛梨は、私が絶対に守りますから」
「小鳥……」
さらに矢面(やおもて)に立った小鳥が愛梨の身を護る。
「ちっ……どうする?」
多勢に無勢。
相手の人数が多すぎて、このままでは泥沼化必至だ。
最悪、捕らえられ、身元がばれてしまう状況に陥ってしまうだろう。
それだけは何としても防がなければならなかった。
「分が悪すぎる。手嶋賢様に状況を報告するぞ」
果たして置かれた状況を理解した『レギオン』と『カーラ』の者達は踵を返し、その場から走り去っていく。
「なっ!」
「待て!」
その事実を認識した奏良と徹が止める暇もなく、彼らは夕闇とともに姿を消していった。
「逃がしたか……」
暗澹たる思いでため息を吐いた奏良は、悔やむように語気を強めた。
目的を果たせなかった場合の段取りも既に踏んでいたのだろう。
『レギオン』と『カーラ』と思わしき者達の逃亡手段の確保は的確だった。
紘達は『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達と連絡を取り、自宅周辺を探らせている。
しかし、彼らの身元やその行方が判明するところまでは至らなかった。
今も彼らの行方を探る手段も見つからないまま、試行錯誤し、燻り続けている。
「愛梨と蜜風望を『レギオン』と『カーラ』の者達に渡すわけにはいかない」
「……ああ」
紘は毅然とした態度で宣言すると、徹は最小限の口の動きで応えた。
「そのためなら、私は何でもする」
「俺も愛梨と望を護ることができるなら、何でもする」
紘の決意に応えるように、徹は携帯端末を強く握りしめる。
「特殊スキルの力に目を付けて、美羅の真なる覚醒のために利用しようとしている連中がいる」
激情と悲哀、様々な感情が渦巻く無窮の瞳で、紘は選び取った未来を垣間見た。
「なら、私はこれからもこの力を用いて、愛梨が幸せになれる未来を選び抜いていくだけだ」
様々な情念が去来する中、紘は導き出した一つの結論に目を細めた。
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