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留菜マナ
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第四百三十三話 虚ろなる覚醒④

公開日時: 2023年12月8日(金) 16:30
文字数:1,133

「ここまで何事もなかったな」


徹は道中、不穏な出来事がなかったことに安堵の吐息を零す。

しかし、紘の心中には徹が感じたものとは全く異なる緊張が走っていた。


「いや、今も私達を見張っている」


紘が発した発露は相手の出方を確かめるような物言いだった。


「なっ……!」

「既に尾行されていたのか……」


鋭く声を飛ばした徹と奏良は急ぎ周囲を見回す。そして、木々の隙間から愛梨の様子を窺っている者達の存在に気づいた。


「椎音愛梨をこちらに渡してもらおうか?」

「そうはさせるかよ!」

「愛梨を守ることが僕の役目だ!」


果たして『レギオン』と『カーラ』と思わしき者達は即座に愛梨のもとに向かおうとしたが、その行く手を徹と奏良を始めとした愛梨の護衛を務めていた『アルティメット・ハーヴェスト』の者達によって阻まれる。


「愛梨のお兄さん、心配しないで下さい。愛梨は、私が絶対に守りますから」

「小鳥……」


さらに矢面(やおもて)に立った小鳥が愛梨の身を護る。


「ちっ……どうする?」


多勢に無勢。

相手の人数が多すぎて、このままでは泥沼化必至だ。

最悪、捕らえられ、身元がばれてしまう状況に陥ってしまうだろう。

それだけは何としても防がなければならなかった。


「分が悪すぎる。手嶋賢様に状況を報告するぞ」


果たして置かれた状況を理解した『レギオン』と『カーラ』の者達は踵を返し、その場から走り去っていく。


「なっ!」

「待て!」


その事実を認識した奏良と徹が止める暇もなく、彼らは夕闇とともに姿を消していった。






「逃がしたか……」


暗澹たる思いでため息を吐いた奏良は、悔やむように語気を強めた。

目的を果たせなかった場合の段取りも既に踏んでいたのだろう。

『レギオン』と『カーラ』と思わしき者達の逃亡手段の確保は的確だった。

紘達は『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達と連絡を取り、自宅周辺を探らせている。

しかし、彼らの身元やその行方が判明するところまでは至らなかった。

今も彼らの行方を探る手段も見つからないまま、試行錯誤し、燻り続けている。


「愛梨と蜜風望を『レギオン』と『カーラ』の者達に渡すわけにはいかない」

「……ああ」


紘は毅然とした態度で宣言すると、徹は最小限の口の動きで応えた。


「そのためなら、私は何でもする」

「俺も愛梨と望を護ることができるなら、何でもする」


紘の決意に応えるように、徹は携帯端末を強く握りしめる。


「特殊スキルの力に目を付けて、美羅の真なる覚醒のために利用しようとしている連中がいる」


激情と悲哀、様々な感情が渦巻く無窮の瞳で、紘は選び取った未来を垣間見た。


「なら、私はこれからもこの力を用いて、愛梨が幸せになれる未来を選び抜いていくだけだ」


様々な情念が去来する中、紘は導き出した一つの結論に目を細めた。

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