「「なっ!」」
ボスモンスターの新たな形状の変化に、望とリノアは驚愕する。
ボスモンスターは、巨大な黒珠状の姿から、黒い影のような巨人へと姿を変えた。
霧のような頭部には、血のように真っ赤な目が不気味な光を放っている。
禍々しい漆黒の鎧には、巨大な手足を新たに生やしていた。
分厚い刃を持つ片刃の剣を手にしたボスモンスターは、まるで実体のない陽炎のようにうっすらと揺らめいている。
それは端的に表すのなら、恐怖そのものだった。
もしも、恐怖という感情が形を成したら、こんな姿になるのだろう。
望達が削ったボスモンスターのHPは、形態が変わったことで完全回復していた。
「このクエストのボスは、形態が変わるようだな」
望とリノアの驚愕に応えるように、有は物憂げな表情で腕を組んだ。
「お兄ちゃん。このクエストのボスは、さらに進化するのかな?」
「妹よ、すまない。判断つかないとしか言いようがない。もしかしたら、高位ギルドである『レギオン』なら、何か知っているかもしれないな」
花音の的確な疑問に、有は不可解そうに頭を悩ませる。
「彼らなら、何か知っているかもしれないな」
「彼らなら、何か知っているかもしれない」
望とリノアは剣を構えながら、『レギオン』の動きを見極めようとする。
望とリノアの視線の先には、賢と勇太が戦闘を繰り広げている姿があった。
何十回目かの長い斬り合いは、賢が繰り出した斬撃によって勇太が大きく吹き飛ばされたことで中断される。
「ボスモンスターの姿が変わった?」
「形態が変わったようだな」
身体を起こした勇太の戸惑いに、賢は思案するように視線を巡らせた。
『ガアッッーーーー!!!!』
ボスモンスターが高々と手を掲げると、床に魔方陣の紋様が描かれる。
光り輝く魔方陣から次々とモンスターが召喚され、瞬く間に有達と『レギオン』のギルドメンバー達を包囲した。
「わっ! お兄ちゃん、今度はモンスターがたくさん出てきたよ!」
「ここのボスは、モンスターを呼び出すことができる特性を持ち合わせているようだ」
目の前に迫ってきたモンスターの大群に、花音が怯えたように有の背後に隠れる。
「この戦いで、美羅様の真なる力を垣間見ることができるかもしれないな。しかし、召喚の特性を持っているモンスターとは、厄介な存在だ」
「……不気味なモンスターだな」
賢の懸念に後押しされるように、勇太が声を上擦らせる。
『ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!』
その時、ボスモンスターが、対峙している賢と勇太に向かって襲いかかってきた。
「勇太くん……っ!」
リノアの両親は咄嗟に動こうとしたが、召喚されたモンスター達が彼らの行く手を阻んでくる。
その上、真の姿を現したボスモンスターは、スピードも段違いだった。
「……っ!」
「くっ!」
ボスモンスターの襲撃を、賢と勇太はかろうじて避ける。
しかし、追撃とばかりに、ボスモンスターは勇太に巨大な剣を振り下ろした。
「ーーっ」
ボスモンスターが放った斬撃を、勇太は紙一重で避ける。
「でかい……」
体勢を立て直した勇太は、虚を突かれたように息を呑んだ。
『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』のボスモンスター。
それは、他の上級者クエストに出現したボスモンスターに匹敵するほどの巨躯だった。
ボスモンスターは、危害を加えようとした勇太達をゆっくりと睥睨する。
まるで、勇太達を敵と見定め、圧倒的な迫力を直に訴えかけてくるようだ。
ゲームの世界とは思えないほどの獰猛な気配が立ちのぼり、勇太の背筋が凍りついた。
「勇太くん、勝負はお預けだ。それとも、私と戦いながら、ボスを相手にするつもりかな?」
「ーーっ」
賢から予想外の選択を迫られた勇太は、苦悶の表情を浮かべる。
リノアを元に戻したい。
だが、ボスの襲来に備えながら、こいつと戦うのは無理がある。
どうしたらーー
「大丈夫か?」
「大丈夫?」
「ーーリノア!」
二律背反に苛まれていた勇太は、駆け寄ってきた望とリノアの声を聞いて我に返った。
勇太は一呼吸置くと、気遣うように言う。
「リノアこそ、大丈夫か?」
「あ、ああ」
「う、うん」
リノアに対しての言葉に、望は何と答えたらいいのか分からず、曖昧な返事を返した。
リノアもまた、気まずそうに同じ動作を繰り返す。
それをどう解釈したのか、勇太は噛みしめるように言う。
「リノア、あの時はごめんな」
「「あの時?」」
勇太の突然の謝罪に、望とリノアは不思議そうに首を傾げる。
「喧嘩していたこともわすれーー」
勇太は寂しげにそう口を開いた後、悩みを振り払うように首を横に振った。
「……いや、分からなくてもいい。俺は、おまえの幼なじみの柏原勇太。そして、リノアは、久遠リノアだ。それだけは、覚えていてくれないか」
「「勇太くん」」
勇太の決意に、望とリノアは躊躇うように応える。
「今度こそ、絶対にリノアを救ってみせる!」
勇太は両手で大剣を構えると、ボスモンスターと向き合った。
勇太が今、対峙するべきは、迫る眼前の脅威だ。
そして、賢への邪念よりも先に、大切な幼なじみを守るという信念。
「行くぜ!」
断定する形で結んだ勇太は、圧倒的な威容を誇るボスモンスターに向かって駆けていった。
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