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留菜マナ
留菜マナ

第七十五話 太陽の祠①

公開日時: 2020年12月9日(水) 07:03
文字数:2,860

望達はインターフェースで表示した幻想郷『アウレリア』のマップを見つめながら、『カーラ』のギルドホームへ行く方法を模索する。


「『カーラ』のギルドホームは、あの古城なんだな」


複雑な心境を抱いたまま、望は頼んでいたライ麦パンを口に運ぶ。

頭を悩ませながらも、花音はとっさに浮かんだ疑問を口にした。


「ねえ、望くん。奏良くんの風の魔術で飛んでいけないかな?」

「いや、それはさすがに無理だと思うな」

「……そうなんだね」


そのもっともな望の意見に、花音は不満そうに唸る。


「なら、妖精さん達に道案内してもらえないかな?」

「いや、無理だな。妖精達は、俺達に捕らえられてしまった場合、記憶を抹消されるようになっていたみたいなんだ。話を聞いても、幻想郷『アウレリア』の案内アナウンスしかしてこないんだよ」


花音の提案に、徹はそう言って空笑いを響かせると、ほんの一瞬、複雑そうな表情を浮かべる。

妖精達は、閉じ込められた光の檻の中できょとんと目を瞬かせていた。

徹が言ったとおり、自分達が置かれている状況を理解していないのだろう。


「有、これからどうするつもりだ?」


奏良が促すと、有の表情に明確な硬さがよぎった。


「『カーラ』のギルドホームに行く方法だが、恐らく検問を突破するのは不可能だろう」

「はい。検問の周りには、結界が張られているため、上空からでも侵入することは不可能だと判断します」


有の言葉に捕捉するように、プラネットは幻想郷『アウレリア』のマップを的確に確認しながら言う。

頼んでいたロイヤルミルクティーを飲んで喉を湿すと、徹は改めて切り出した。


「そのことで、俺から提案があるんだ」

「提案?」


徹の意外な発言に、望は怪訝そうに首を傾げる。


「紘の話では、これから特殊スキルの使い手である蜜風望を狙って、『カーラ』のギルドメンバーの一人ーー召喚のスキルの使い手が襲ってくる。それに便乗して、俺達も一緒に捕まれば、『カーラ』のギルドホームまでは問題なく行けるはずだ」


あまりにも突拍子がない作戦に、望は目を瞬かせた。


「わざと捕まるのか?」

「ああ。検問を突破するには、それしか方法が思いつかないからな。たとえ、そのまま捕まっても、電磁波の攻撃を受けたら、シルフィが護ってくれるはずだ」


とらえどころのない空気を固形化させる望の問いに、徹はここぞとばかりに宣言する。

緑色の光を身に纏った人型の精霊。

妖精達とさほど変わらない体躯の精霊シルフィは、主である徹の意思を汲んだように、望のもとに歩み寄った。


「精霊の力で、電磁波を防げるんだな」

「電磁波、防ぐの」


望は、自身の周りを浮遊するシルフィを見つめる。

シルフィは、音の遮断以外にも、その気になれば気配遮断、魔力探知不可まで行うことができた。


紘が指示したとおり、恐らく電磁波も遮断することができるんだろうなーー。


徹は気持ちを切り替えるように一呼吸置くと、シルフィに今後のことを指示する。


「シルフィ、頼むな」

「うん」


徹が呼び出したシルフィが消えると、店内の賑わいが再び、戻ってくる。

周囲に視線を巡らせていた花音は、興味津々の様子で徹のもとを訪れると甘く涼やかな声で訊いた。


「徹くん。『カーラ』のギルドメンバーの人、厄介そうだよね。どんなモンスターを召喚する人なのかな?」

「いや、そこまでは聞いていないな」

「じゃあ、ネバネバしたモンスターを召喚する人かもしれないね」


徹の答えに、花音はあまり冗談には思えない顔で言って控えめに笑う。


「ネバネバしたモンスター。確か、そのような容姿の変幻自在のモンスターがいたと思います」


プラネットが憂いを帯びた眼差しでつぶやいた途端、突如、店内の空気が変貌した。


「おい、店の外に変なモンスターがいるぞ!」

「もしかして、『カーラ』の召喚獣による模擬戦か」

「変なモンスター?」


変なモンスターというフレーズに、望達は明確に表情を波立たせる。


「確か、あいつは、『アクアスライム』とかいう変幻自在なモンスターだ」

「巻き込まれる前に、ここから避難するぞ!」


その会話が、更なる恐怖の呼び水になったようで、他のプレイヤー達は血の気が引いたように、一目散に店内を出ていった。

NPCの店員達以外、誰もいなくなった店内。

静まり返った食事処の入口をまっすぐに射貫くと、有は核心を突く言葉を口にした。


「妹よ。あながち、間違っていないようだぞ。ネバネバしたモンスターのお出ましだ」

「なっ!」

「えっ?」


望と花音の驚愕に応えるように、食事処の入口から粘性で構成した水溜まりのような体躯を持つモンスターが押し寄せてくる。


「ーーって、わっ! お兄ちゃん、望くん、本当にネバネバしたモンスターが襲ってきたよ!」


花音が怯えたように、望と有の背後に隠れる。

そして、そのモンスターが望達の目前まで迫った瞬間ーー何の脈絡もなく、目前の光景が切り替わった。

先程まで和やかな食事処にいたはずが、薄暗く不気味な雰囲気を漂わせる廃墟へと変貌している。


「どうやら別の次元に呑み込まれたみたいだな」


徹の指摘どおり、望達は何もかもが現実味に欠けた世界にいた。


「あっ、リボンが!」


突如、花音の髪に結んだ桜色のリボンの一つが風に舞う。

そして、それを拾う一人の少女。

望達が見守る中で、そこだけが空気が違ってみえた。

その少女は、紫のローブに無骨なガントレットとアンクレットに身を包んでいた。

彼女の赤みを帯びて見える髪は、桜色のリボンで左右のおさげに結われて、ふわふわと弾んでいる。

だが、その風貌は影のように暗く、どこか異質だった。

まるで、日常の中に紛れ込んだ夢のように非現実的だった。


「花音?」

「私がもう一人いるよ?」


望がそうつぶやいた時、花音の表情が強張る。

いじらしいほど可愛らしい顔立ちをしたその花音も、望達を見つめていた。

幻想的なその眼差し。

その唇が笑みにほころんだ時、どん、と石畳を打つ轟音がした。


それは、鼓膜のみならず、全身で浴びるかの様な、容赦ない轟音。


「私達をこの空間に閉じ込めたまま、『カーラ』のギルドホームに向かうみたいですね」


まるで、その空間自体が上空へと滑空したような衝撃に、廃墟の柱に掴まっていたプラネットは困惑しきった顔でつぶやいた。


「おおっ! 今度は、空を飛んだようだぞ!」

「お兄ちゃん。廃墟の空間の中にいる状態で、空を飛ぶのってすごいねー!」


有の発言に捕捉するように、花音は両手を広げて歓喜の声を上げた。


「有、花音、今は目の前の敵を何とかする方が先だろう」


偽物の花音を見据えて、望は真剣な口調で告げる。


「望くん、敵呼ばわりするなんてひどいよ」

「本物の花音なら、こういう時、有と一緒にはしゃぐはずだろう」


望が蒼の剣の切っ先を向けてそう返すと、偽物の花音は薄気味悪く笑う。

そして、偽物の花音は、先程、現れた粘性で構成した水溜まりのような体躯を持つモンスターへと変化する。


「こういう余興は、必要ないというわけか」


それぞれの武器を構え、覚悟を決めた望達を前にして、姿を現した『カーラ』のギルドメンバーの一人ーー林崎隼は狂気に満ちた表情で嘲笑った。

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