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留菜マナ
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第百話 黄昏の塔と孤高の勇者⑥

公開日時: 2020年12月27日(日) 16:30
文字数:2,400

リノアが、勇太に別れを告げた翌日ーー。

賢はドアのセキュリティを解除して、『レギオン』のギルドマスターが控えている部屋に入る。

そこは、物々しい機材が置かれただけの研究室のような空間が広がっていた。

ディスプレイや小型の機械は、中央の玉座と隣に設置された台座へと繋がっている。


「美羅様。今から、美羅様と久遠リノアの『同化の儀式』を執り行います」


片膝をついた賢からの報告に、美羅は何も答えない。

賢は息を呑み、短い沈黙を挟んでから微笑んだ。


「美羅様、お喜び下さい。この儀式を終えれば、美羅様は現実世界でも顕現することができます」


賢は確信に満ちた顔で笑みを深める。

物々しい機材やモニターに繋がれている玉座。

そこで今も眠った表情のまま、美羅は座っていた。


「美羅様……」


その隣の台座に座ったリノアは、緊張した面持ちで事の成り行きを見守っている。


「大丈夫だ」

「そうよ、リノア」


少女の両親は申し合わせたように、調度を蹴散らすようにしてリノアのそばに駆け寄ると、小柄なその身体を思いきり抱きしめた。


「……お父さん、お母さん。私、本当に女神様に生まれ変われるの?」


『レギオン』のギルドメンバーであり、この施設の研究員でもある両親の言葉に、リノアが率直に疑問を抱いて小首を傾げる。


「ああ。リノアなら、女神様の意思を引き継げる」

「賢様が、あなたの願いを叶えてくれるから」

「うん。でも……」


力強い両親の声に、リノアの心は大きく揺さぶられた。


「……勇太くんと仲直りできなかったのが、心残りだったな」


今にも壊れてしまいそうな繊細な声が、言葉を紡ぐ。


「賢様。美羅様の久遠リノアへの同化、いつでも可能です」


モニターのついた機材を操作して告げるのは、『レギオン』のギルドメンバーの一人だった。


「ついに、この時が来たか」


ギルドメンバーからの報告に、賢は嗜虐的に笑みを浮かべる。


『生成!』

「ーーっ」


賢の合図とともに、リノアの身体が大きく跳ねた。

美羅の身体が赤く光り、リノアの身体から力が抜けるような感覚が迸(ほとばし)る。

美羅の姿が溶けるように消え、光の粒子になってリノアの中に吸い込まれていく。


「…………」


電子音が止まり、儀式を終えた後、リノアの瞳には光もなく、表情も虚ろだった。


「リノア!」

「もう、彼女は美羅様だ」


リノアの両親の叫びを即座に否定すると、賢はリノアの身体を玉座に移動させる。


「さあ、美羅様。どうか私達に再び、ご加護をお授け下さい」


賢は祈りを捧げて、美羅が宿ったリノアを神聖化する。

まるでそれは一度、何かしらの事情で引き離された主君に再度、忠誠を誓う聖なる儀式のようでもあったーー。






「よし、望、奏良、プラネット、妹よ、行くぞ! 第ニ層へ!」

「ああ」

「うん!」


一時の休憩を挟んだ後ーー。

有の決意表明に、望と花音が嬉しそうに言う。

望達は最上階を目指して、階段を上がっていく。

『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』を徘徊するモンスター達は、同じ上級者クエストである『カリリア遺跡』で遭遇したモンスター達の強さを上回っていた。

キマイラ達が魔力を放出すると、望達に向かってマグマのような灼熱の珠が襲いかかる。


「くっ……!」


混沌とした炎舞を、望達はかろうじて避けた。


「わっ! 炎の珠の嵐で、先に進めないよ!」


即座に鞭による攻撃で怯ませようとしていた花音は、目の前に迫った炎の珠のラッシュに反撃の手を止める。


「切りがないな」


奏良は威嚇するように、キマイラ達に向けて、連続で発泡する。

風の弾がキマイラ達の顔面に衝突し、大きくよろめかせた。


『元素還元!』


有は、奏良へと注意を向けたキマイラ達の隙をついて、炎の珠に向かって杖を振り下ろした。

有の杖が炎の珠に触れた途端、とてつもない衝撃が周囲を襲った。

炎の珠達が、まるで蛍火のようなほの明るい光を撒き散らし、崩れ落ちるように消滅したのだ。


「炎の珠の寄せ集めでは、トラップアイテムを一つ作るくらいが関の山だな」


有は一仕事終えたように、眩しく輝く杖の先端の宝玉を見る。


『元素復元、覇炎トラップ!』


今度は襲いかかってきたキマイラ達に向かって、有は再び、杖を振り下ろした。

有の杖が床に触れた途端、空中に炎のトラップシンボルが現れる。

キマイラ達がそれに触れた瞬間、熱き熱波が覆い、瞬く間に灰にしてしまう。


「奏良よ、頼む」

「言われるまでもない」


有の指示に、奏良は弾丸を素早くリロードし、銃を構えた。

発砲音と弾着の爆発音が派手に響き、キマイラ達は次々と倒れていく。


「はあっ!」


望は剣を掲げると、連なる虹色の流星群を一閃とともに放つ。

望の特殊スキルと愛梨の特殊スキル。

それが融合したように、キマイラ達に巨大な光芒が襲いかかる。

一片の容赦もない蒼の剣の一振りを受けて、その場にいた全てのキマイラ達が消滅していった。


「このフロアは、もうモンスターはいないみたいだな」

「わーい! 望くん、大勝利!」


剣を下ろした望が一呼吸置くと、駆け寄ってきた花音は歓喜の声を上げた。


「望くんの特殊スキル、すごいね!」

「ありがとうな」


花音が声高に思いのままを述べると、望は照れくさそうに答える。


『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』は、期間限定の上級者クエストだ。

たとえ、上位ギルドだとしても、塔の最上階を目指すことはかなり困難だったはずである。

しかし、望と愛梨の特殊スキルの力が込められた蒼の剣は、望達に圧倒的な力と優位性を見せつけた。

蒼の剣を一振りすれば、第一層で苦戦を強いられたケルベロスやキマイラ達を難なく、倒すことができる。

現れるモンスター達を容赦なく駆逐していく姿は、まさに圧巻の一言に尽きた。

高難易度のクエストを攻略するためには、望の特殊スキルは必要不可欠だろう。


「よし、このまま、最上階に行くぞ!」

「ああ」

「うん」


有の指示に、望は肩をすくめて、鞭を地面に叩いた花音は喜色満面に張り切る。

望と花音を先頭に、用心深く第ニ層を歩いていった。

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