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留菜マナ
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第三十五話 魔天楼を見上げて⑦

公開日時: 2020年11月19日(木) 07:00
文字数:1,301

空から落ちてきた少女の姿に、望は大きく目を見開いた。


ーーこのまま落ちたら、彼女はどうなる?


しかし、望の戸惑いも裏腹に、少女は空中で姿勢を変え、狙い澄ましたように望の前に着地する。

冗談のような高さからの落下にも関わらず、少女の顔にはつゆほどの動揺も浮かべていない。

城下町を行き交う人々の中で、そこだけ空気が違っていた。


「着地、何とか成功しました!」


空から舞い降りてきたのは、ツインテールを揺らした幼い少女だった。

小さくも整った顔立ちに、薄い色彩のワンピースに身を包んでいる。

見た目は、どこにでもいるような普通の少女だった。

だが、彼女の頭上に生えたアンテナのような不可思議なものを前にして、望は確かな違和感を覚える。


「ではでは、ニコットはこのまま、蜜風望の監視を続行します」

「監視……?」


無邪気に嗤う少女ーーニコットの発言を聞いて、望は嫌な予感がした。

しかし、望の驚愕には気づかずに、ニコットは淡々と一方的な要求を告げる。


「はい。契約に従い、蜜風望の監視と美羅様へのシンクロを継続していきます」

「意味が分からない。それに何で、俺のことを知っているんだ?」

「ニコットは指令を続行します」


答えになっていない返答に、望はため息をつきたくなるのを堪える。

そのタイミングで、奏良は用心深くつぶやいた。


「機械人形型のNPCだな」

「NPC? 彼女が?」


望の疑問に、腕を組んだ奏良は不愉快そうに有に目配りする。

有はそれに応えるように、インターフェースを操作して、機械人形型のNPC情報を表示させた。


「望よ。彼女は自律型AIを持つNPCだ。所属を判明できないようにロックがかかっているが、ギルドによって管理されている。恐らく、望の特殊スキルを狙うギルドが差し向けた刺客のような存在だと考えるべきだろう」

「刺客か……」


有から、暗に尾行されていたと言われて、望は悔しそうに言葉を呑み込む。


「ねえ、ニコットちゃん。シンクロってどういうこと?」

「お答えできない内容と判断します」


花音の問いを、ニコットは即座に受け流した。

敵対的な雰囲気を持っているわけではないが、友好的な雰囲気というわけではない。

ニコットはただ自然に隙もなく、立っている。


「なら、ニコットよ。パレードの最中で申し訳ないが、詳しい話を聞かせてもらう必要があるな」

「愛梨に、危害を加えさせない」


有と奏良は宣言すると、己の武器を構えて前に出た。

その瞬間、ニコットの表情が硬く強張る。


「敵意確認。これより、臨戦態勢に入ります」


それを火蓋として、数本のダガーを構えたニコットは、望達から大きく距離を取った。

望達も遅れて、それぞれの武器を構える。

望達とニコットによる、隠しようもない戦意と敵意。

一触即発の空気はーー


「『レギオン』の機械人形。王都『アルティス』で騒ぎを起こすのはやめてもらおうか」


望達の背後から声をかけてきた紘によって、一瞬にして霧散した。


「『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスター、椎音紘と接触。指令は続行不可能と判断しました。ニコットはこれより、退却します」

「なっ!」


望達が声をかける間もなく、ニコットは転送アイテムを掲げるとその場から姿を消していった。

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