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留菜マナ
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第ニ百六十ニ話 唯一無二の想い②

公開日時: 2021年6月7日(月) 16:30
文字数:1,828

「美羅様の器から解放……」

「リノアを、元に戻せるの……」


使い魔とモンスター達の対応に追われていたリノアの両親は、賢が提示した内容に目を見開いた。


「リノアを助けることができるのか……?」


勇太は一拍置いて動揺を抑えると、賢が口にした言葉を改めて、脳内で咀嚼する。


美羅の真の力を発動させるーー。


それがおこなわれた場合、リノアは器としての役目を終え、元に戻ることができる。

そして、現実世界で未だ、囚われの身となっているリノアを、『レギオン』と『カーラ』の魔の手から解放することができることを意味していた。


勇太の脳裏で、かってのリノアの声が反芻される。


『勇太くん』


大輪の向日葵のような、思わず目を奪われるリノアの笑顔。

幼い頃の勇太は、毎日が楽しくて仕方がなかった。日々、大好きな幼なじみの女の子と遊んで、家に帰れば優しい笑顔で家族が迎え入れてくれる。

そんな当たり前の幸せな日々。

だけど、平穏な日常は、理想の世界を求めた『レギオン』と『カーラ』によって奪われ、大切な幼なじみの温もりも彼らによって失われてしまった。

仮想世界だけではなく、現実世界にまで影響を及ぼしてくる高位ギルド。

勇太達の常識をーー世界の認識を変えてしまうほどの美羅の強大な力。

勇太達には、手に余る事柄だろう。

だが、勇太は、リノアとその家族を救いたかった。

傲慢な願いであると知りつつも、勇太はそう願った。

しかし、あの賢がーー『レギオン』が口約束を守るとは思えなかった。


リノア達を救う方法が分からない。


答えが出せないまま、勇太の脳裏には、リノアへの様々な思いが去来した。


「美羅の真なる力が発動すれば、リノアを本当に元に戻せるのか……?」

「美羅様の真なる力が発動すれば、私を本当に元に戻せるの……?」


望とリノアは不思議そうに、賢の真偽を確かめる。

賢が提示してきた提案は、リノアを救いたかった望達にとっては願ってもない条件だった。

だからこそ、理解できなかった。

何故、そこまでして、美羅の真の力を発動させようとするのか。

甘美な提案の裏には、何かしらの思惑が窺えた。


「君達とてこのまま、行く先々で私達と遭遇するのは困るはずだ。互いの意見の食い違いが続き、八方塞がりな状況。お互いの利益のために、この状況を改善しようではないか」


襲い掛かってきたモンスター達に、賢は波状攻撃を仕掛ける。

賢は一呼吸おいて、異様に強い眼光を望に向けた。


「さあ、蜜風望。美羅様の真なる力の発動には、君と椎音愛梨の力が必要だ」

「美羅の真なる力が発動した場合、俺達の認識は塗り変えられてしまうはずだ。それはリノアに関しても同じじゃないのか!」

「美羅様の真なる力が発動した場合、私達の認識は塗り変えられてしまうはず。それは私に関しても同じじゃないの!」


直前の動揺を残らず消し飛ばして、望とリノアが叫ぶ。


「ーーっ!」


望とリノアの指摘に、思考を重ねていた勇太は虚を突かれたように瞬く。

賢はそれらを見越した上で、徹頭徹尾、美羅のために行動を起こす。


「なら、この戦いの勝者が、全てを決める形でも構わない」

「「……なっ!」」


あまりにも単刀直入な決着方法の提案に、望とリノアは言葉に詰まる。


「君達とていい加減、私達から狙われるのは避けたいだろう。勝者が全てを決める。君達にとっても、悪く提案だと思うが」

「「……それは」」


賢の言い分に、望とリノアは表情に困惑を深めた。


朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム。

そして、今まで訪れたダンジョンで提示された内容と同じような賢の譲歩。

しかし、その全てにおいて、提示内容が誘導されるものだったり、提案そのものを塗り変えられている。


『レギオン』と『カーラ』は十中八九、信用ならない。

だからこそ、この提案に乗るわけにはいかない。


しかし、どうすればいいのか。

真っ正面から行って通用しない事は、嫌というほど思い知らされている。

賢達の意表を突く戦法を編み出さなければ、押し切られるのは目に見えていた。

かといって、望達に今から戦い方を変えるほどの器用さはない。


俺が攻撃すれば、リノアの座標は変えられてしまう。

どうすれば、この状況を打破して、この場を切り抜けることができるんだろうか?


望は新たな戦い方を模索する。

やがて、賢を越える為の方法が、望の中で像を結び始める。

作戦が成功する保証はどこにもなく、半ば賭けである事には違いない。

だが、この方法が最善手であるように、望には思えた。

そして、今の自分達なら、きっと大丈夫だと言う確信があった。

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