「美羅様の器から解放……」
「リノアを、元に戻せるの……」
使い魔とモンスター達の対応に追われていたリノアの両親は、賢が提示した内容に目を見開いた。
「リノアを助けることができるのか……?」
勇太は一拍置いて動揺を抑えると、賢が口にした言葉を改めて、脳内で咀嚼する。
美羅の真の力を発動させるーー。
それがおこなわれた場合、リノアは器としての役目を終え、元に戻ることができる。
そして、現実世界で未だ、囚われの身となっているリノアを、『レギオン』と『カーラ』の魔の手から解放することができることを意味していた。
勇太の脳裏で、かってのリノアの声が反芻される。
『勇太くん』
大輪の向日葵のような、思わず目を奪われるリノアの笑顔。
幼い頃の勇太は、毎日が楽しくて仕方がなかった。日々、大好きな幼なじみの女の子と遊んで、家に帰れば優しい笑顔で家族が迎え入れてくれる。
そんな当たり前の幸せな日々。
だけど、平穏な日常は、理想の世界を求めた『レギオン』と『カーラ』によって奪われ、大切な幼なじみの温もりも彼らによって失われてしまった。
仮想世界だけではなく、現実世界にまで影響を及ぼしてくる高位ギルド。
勇太達の常識をーー世界の認識を変えてしまうほどの美羅の強大な力。
勇太達には、手に余る事柄だろう。
だが、勇太は、リノアとその家族を救いたかった。
傲慢な願いであると知りつつも、勇太はそう願った。
しかし、あの賢がーー『レギオン』が口約束を守るとは思えなかった。
リノア達を救う方法が分からない。
答えが出せないまま、勇太の脳裏には、リノアへの様々な思いが去来した。
「美羅の真なる力が発動すれば、リノアを本当に元に戻せるのか……?」
「美羅様の真なる力が発動すれば、私を本当に元に戻せるの……?」
望とリノアは不思議そうに、賢の真偽を確かめる。
賢が提示してきた提案は、リノアを救いたかった望達にとっては願ってもない条件だった。
だからこそ、理解できなかった。
何故、そこまでして、美羅の真の力を発動させようとするのか。
甘美な提案の裏には、何かしらの思惑が窺えた。
「君達とてこのまま、行く先々で私達と遭遇するのは困るはずだ。互いの意見の食い違いが続き、八方塞がりな状況。お互いの利益のために、この状況を改善しようではないか」
襲い掛かってきたモンスター達に、賢は波状攻撃を仕掛ける。
賢は一呼吸おいて、異様に強い眼光を望に向けた。
「さあ、蜜風望。美羅様の真なる力の発動には、君と椎音愛梨の力が必要だ」
「美羅の真なる力が発動した場合、俺達の認識は塗り変えられてしまうはずだ。それはリノアに関しても同じじゃないのか!」
「美羅様の真なる力が発動した場合、私達の認識は塗り変えられてしまうはず。それは私に関しても同じじゃないの!」
直前の動揺を残らず消し飛ばして、望とリノアが叫ぶ。
「ーーっ!」
望とリノアの指摘に、思考を重ねていた勇太は虚を突かれたように瞬く。
賢はそれらを見越した上で、徹頭徹尾、美羅のために行動を起こす。
「なら、この戦いの勝者が、全てを決める形でも構わない」
「「……なっ!」」
あまりにも単刀直入な決着方法の提案に、望とリノアは言葉に詰まる。
「君達とていい加減、私達から狙われるのは避けたいだろう。勝者が全てを決める。君達にとっても、悪く提案だと思うが」
「「……それは」」
賢の言い分に、望とリノアは表情に困惑を深めた。
朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム。
そして、今まで訪れたダンジョンで提示された内容と同じような賢の譲歩。
しかし、その全てにおいて、提示内容が誘導されるものだったり、提案そのものを塗り変えられている。
『レギオン』と『カーラ』は十中八九、信用ならない。
だからこそ、この提案に乗るわけにはいかない。
しかし、どうすればいいのか。
真っ正面から行って通用しない事は、嫌というほど思い知らされている。
賢達の意表を突く戦法を編み出さなければ、押し切られるのは目に見えていた。
かといって、望達に今から戦い方を変えるほどの器用さはない。
俺が攻撃すれば、リノアの座標は変えられてしまう。
どうすれば、この状況を打破して、この場を切り抜けることができるんだろうか?
望は新たな戦い方を模索する。
やがて、賢を越える為の方法が、望の中で像を結び始める。
作戦が成功する保証はどこにもなく、半ば賭けである事には違いない。
だが、この方法が最善手であるように、望には思えた。
そして、今の自分達なら、きっと大丈夫だと言う確信があった。
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