「有!」
「お、お兄ちゃん……!」
転げて這いつくばった有の姿に、望と花音は明確な異変を目の当たりにする。
有のHPは一気に減少していた。
有の傷から夥しい血が床にこぼれ落ちる。
「お兄ちゃん……。うぅ、うぁぁ……。あぁぁぁぁぁっ!」
堪えようとしても堪えきれない声が、花音の口から突いて溢れた。
有に抱きついた小さな身体が小刻みに震えている。
花音は嗚咽を漏らし、涙を止め処(ど)もなく流していた。
ゲーム内でゲームオーバーになったとしても、強制的にログアウトされるだけだ。
データは初期化されてしまうが、再度、プレイすることができる。
しかし、帰還不能の状態である今はどうなってしまうのだろう。
実際にゲームオーバーになったことがある人達の話では、ログアウト出来ずにゲーム内に戻ってきてしまうという。
だが、望は友人を死なせなくないという自分の感情を消化しきれずにいた。
「花音、今すぐ回復アイテムをーー」
「君の魂分配(ソウル・シェア)のスキルを、彼女にーー『椎音愛梨』に使ってほしい」
望の悲痛な声を遮るように、不快な声が響いた。
望が咄嗟に振り返ると、そこには望達の驚愕に応えるように、銀髪の青年が意味深な笑みを浮かべて立っていた。
段差から降りて、すたりとその場に着地した銀髪の青年。
美しくも嗜虐的な瞳と、どこまでも望達を見下ろすような笑みを浮かべている。
そして、青年ーー『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスターである紘が動くのを見計らっていたように、部屋の中に次々とプレイヤーが現れた。
全員がレア装備を身につけ、それぞれの武器を望達に突きつけてくる。
恐らく、全員が『アルティメット・ハーヴェスト』の一員なのだろう。
紘は迷いのない足取りで望達のもとまで歩いてくると、なんのてらいもなく言った。
「彼女が目覚めれば、この世界からログアウトできるようになる。もちろん、君の仲間を救うことも可能だ」
「有を攻撃したのは、あんたなんだな。何で、こんなことをするんだ?」
不可解な空気に侵される中、望は慄然と問う。
「君の魂分配(ソウル・シェア)のスキルを、彼女にーー『椎音愛梨』に使ってほしい。そのためなら、私は何でもする」
「俺に接触してきたのは、魂分配(ソウル・シェア)のスキルをこの子に使わせるためなんだな?」
「そうだ。君がたとえ、それを拒み続けたとしても、無理やりにでもそれを実行させるまでだ」
紘は先程、吹き飛ばした有のことなど眼中にないように、望と愛梨だけを見ていた。
柔和な表情。
だが、瞳の奥には確かな陰りがある。
「くっ……」
紘の鋭い眼光に貫かれて、剣を構えた望は後ずさむ。
「何故、この子に俺のスキルを使わせようとするんだ?」
「愛梨を生き返させるためだ」
「生き返させる……?」
予測できていた望の疑問に、紘は訥々と語る。
「君の魂分配(ソウル・シェア)のスキルを使えば、愛梨は現実世界でも生き返ることができる」
「なっーー」
望は改めて、紘が口にした言葉を脳内で咀嚼する。
つまり、俺が使うことができる魂分配(ソウル・シェア)のスキルはーー
「生身の人間すらも、魂を分け与えることができるのか?」
望の問いに、紘は表情の端々に自信に満ちた笑みをほとばしらせた。
それが答えだった。
「さあ、君の魂分配(ソウル・シェア)のスキルを、愛梨に使ってほしい」
「ーー仲間を傷つけた奴の頼みなんか、聞けるかよ!」
抱きかかえていた愛梨を床に寝かせたと同時に、望が仕掛けた。
望の加速に、紘はわずかに自身の武器である槍を動かし、望が進む先に刃先が来るようにして調整して対応する。
「くっ!」
槍先を打ち払おうとする望の剣の動きに合わせて、紘は絶妙な力加減で望を吹き飛ばした。
「望くん!」
瀕死の有に、回復アイテムを使用していた花音が悲鳴を上げる。
途切れそうな意識の中、望の心中は疑問だけが浮かぶ。
椎音紘は何を考えているのか。
何故、そこまでして彼女を生き返させようとしているのか。
「……どうすればーーどうすればいい?」
「勝負ありだ。仲間が死ぬ前に、愛梨に魂分配(ソウル・シェア)のスキルを使ってもらおうか」
感情が消えた瞳とともに、突きつけられた槍先。
地面に倒れた望を見下ろし、紘が冷たく言った。
「ーーの、望くん!」
「花音!」
視線を向ければ、有を回復させていた花音も、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達によって、いつの間にか捕らえられている。
「……くっ、分かった」
望は不満を込めて立ち上がると、ぐったりとしている愛梨のもとへ歩いていく。
規則正しく繰り返される呼吸。
その穏やかな寝顔を見ていると、彼女は本当にただ眠っているだけのような気がしてくる。
『魂分配(ソウル・シェア)!』
そのスキルを使うと同時に、望の視界は靄がかかったように白く塗り潰されていく。
身体の感覚も薄れて、まるで微睡みに落ちるようだった。
ーー有、花音。
遠くなる意識の中、望はただ、仲間の無事を強く願った。
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