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留菜マナ
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第四百三十話 虚ろなる覚醒①

公開日時: 2023年11月27日(月) 16:30
文字数:1,196

「今日は何かあるのか……?」


高校に通学途中だった奏良はその光景を見て愕然としていた。

紘が不穏な未来を予見し、そして自分の名前を挙げているところを目撃してしまったからだ。

状況を理解した瞬間、奏良の瞳は大きく揺れ動き、困惑する。

奏良はずっと愛梨に想いを寄せていた。

人見知りの激しい彼女を、遠くから見守っているだけの儚い恋。


ギルド内のプレイヤー以外とは、現実では深く干渉させないプライバシー保護という制度。


その影響で、現実世界では彼女に声をかけることも、触れることもできずにいた。

それは、理想の世界へと変わってしまった今も継続されている。

しかし、愛梨が『アルティメット・ハーヴェスト』と『キャスケット』を兼任することになったことで、奏良の周囲を取り巻く環境は一変する。

同じギルド内のメンバーになったことで、奏良は仮想世界だけではなく、現実世界でも愛梨と親しく話すことができるようになったのだ。

その事実は、この不毛な恋にようやく終止符を打てるはずだった。

知らず知らずのうちに胸が湧き踊る。


今日こそは機会を見つけて、現実世界の彼女と話してみせる!


ところがその奏良の決意はほんの少しの時間しかもたなかった。

何故なら、今日は『レギオン』と『カーラ』の者達が愛梨に接触してくる可能性が高いということで、『アルティメット・ハーヴェスト』の者達が彼女の周囲の警戒に当たっていたからだ。

それでもいつか、現実世界で愛梨と話せるチャンスが訪れるはず、と奏良は度々、機会を窺っていたのだが、一向にそれは訪れる気配はない。


「愛梨、大丈夫だ」

「愛梨、無理はするなよ」

「……う、うん」


紘と徹の気遣いに、愛梨は掠れた声で答える。

その仲睦ましげな様子を、奏良は少し離れた場所から絶え間なく眺めていた。


同じギルドメンバーである愛梨とは親しく話すことができる。

たとえ、『レギオン』と『カーラ』の者達が愛梨を狙ってきても、奏良は身を呈して護ってみせる覚悟があった。

しかし、愛梨に近づけば、間違いなく『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバーである紘と徹が割って入ってくるだろう。


奏良は予想外の選択を迫られて、苦悶の表情を浮かべる。

愛梨に会いたい。

だが、会えば、プライバシー制度に違反する可能性がある。


『アルティメット・ハーヴェスト』が、『レギオン』と『カーラ』から愛梨とリノアを守るために行っていることとはいえ、何故、僕達まで適用されているんだーー。


ーーどうして。

その問いに込められた思いは複雑怪奇なのだろう。

二律背反に苛まれていた奏良は、そこでその事実に矛盾を感じた。


そういえば、『レギオン』と『カーラ』の者達にもプライバシー制度は適用されるはずなのに何故、愛梨を狙ってくるんだ。

もしかして、明晰夢の力はプライバシー制度さえも無効化してしまうのか。


混乱と混迷は渦となる。燻り続けていた奏良の携帯端末に、一通のメッセージが届いた。

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