「今日は何かあるのか……?」
高校に通学途中だった奏良はその光景を見て愕然としていた。
紘が不穏な未来を予見し、そして自分の名前を挙げているところを目撃してしまったからだ。
状況を理解した瞬間、奏良の瞳は大きく揺れ動き、困惑する。
奏良はずっと愛梨に想いを寄せていた。
人見知りの激しい彼女を、遠くから見守っているだけの儚い恋。
ギルド内のプレイヤー以外とは、現実では深く干渉させないプライバシー保護という制度。
その影響で、現実世界では彼女に声をかけることも、触れることもできずにいた。
それは、理想の世界へと変わってしまった今も継続されている。
しかし、愛梨が『アルティメット・ハーヴェスト』と『キャスケット』を兼任することになったことで、奏良の周囲を取り巻く環境は一変する。
同じギルド内のメンバーになったことで、奏良は仮想世界だけではなく、現実世界でも愛梨と親しく話すことができるようになったのだ。
その事実は、この不毛な恋にようやく終止符を打てるはずだった。
知らず知らずのうちに胸が湧き踊る。
今日こそは機会を見つけて、現実世界の彼女と話してみせる!
ところがその奏良の決意はほんの少しの時間しかもたなかった。
何故なら、今日は『レギオン』と『カーラ』の者達が愛梨に接触してくる可能性が高いということで、『アルティメット・ハーヴェスト』の者達が彼女の周囲の警戒に当たっていたからだ。
それでもいつか、現実世界で愛梨と話せるチャンスが訪れるはず、と奏良は度々、機会を窺っていたのだが、一向にそれは訪れる気配はない。
「愛梨、大丈夫だ」
「愛梨、無理はするなよ」
「……う、うん」
紘と徹の気遣いに、愛梨は掠れた声で答える。
その仲睦ましげな様子を、奏良は少し離れた場所から絶え間なく眺めていた。
同じギルドメンバーである愛梨とは親しく話すことができる。
たとえ、『レギオン』と『カーラ』の者達が愛梨を狙ってきても、奏良は身を呈して護ってみせる覚悟があった。
しかし、愛梨に近づけば、間違いなく『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバーである紘と徹が割って入ってくるだろう。
奏良は予想外の選択を迫られて、苦悶の表情を浮かべる。
愛梨に会いたい。
だが、会えば、プライバシー制度に違反する可能性がある。
『アルティメット・ハーヴェスト』が、『レギオン』と『カーラ』から愛梨とリノアを守るために行っていることとはいえ、何故、僕達まで適用されているんだーー。
ーーどうして。
その問いに込められた思いは複雑怪奇なのだろう。
二律背反に苛まれていた奏良は、そこでその事実に矛盾を感じた。
そういえば、『レギオン』と『カーラ』の者達にもプライバシー制度は適用されるはずなのに何故、愛梨を狙ってくるんだ。
もしかして、明晰夢の力はプライバシー制度さえも無効化してしまうのか。
混乱と混迷は渦となる。燻り続けていた奏良の携帯端末に、一通のメッセージが届いた。
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