「有。君は人使いが荒い上に、全く効率的ではない。そもそも、何故また、『サンクチュアリの天空牢』で、風の魔術のスキルを使って逃げる必要がある」
有の提案に、奏良は懐疑的である。
だが、それでもこの状況を打破するためには、それしかないと奏良は悟った。
『エアリアル・アロー!』
奏良が唱えると、無数の風の矢が一斉に後方の『レギオン』のギルドメンバー達へと襲いかかった。
「ーーっ!」
放たれた風の矢を、上体をそらすことでかわした『レギオン』のギルドメンバー達は、視界を遮る風圧に反撃の手を止める。
『エアリアル・クロノス!』
その隙に、奏良は風を身体に纏わせて飛翔した。
望達も、風に引っ張られるように空に浮かぶ。
「よし、奏良よ。このまま、『サンクチュアリの天空牢』を迂回するぞ!」
「『サンクチュアリの天空牢』で空を飛ぶのは二度目だよ! 望くん、リノアちゃん、空を飛ぶのってすごいねー!」
「すごいのか……?」
「すごいの……?」
有と花音が楽しそうにしている中、望とリノアは表情を凍らせていた。
『サンクチュアリの天空牢』は当初、想像していたような堅固な牢獄ではなく、童話の中に出てくるような美しい白亜の城のダンジョンだ。
パステルカラーの石を用いた西洋建築の城であり、幾つもの尖塔が並んでいる。
尖塔の天辺は、色も千差万別で統一されていない。
城は浮き島に根差しておらず、分厚い雲の上に建っている。
雲は積乱雲よりも白が濃く、綿花のような雰囲気を醸し出していた。
「妹よ、後方は狭い通路になっている。大人数の『レギオン』のギルドメンバー達は思うように動けないはずだ。そこで転送アイテムを使うぞ」
有は以前、イリスがおこなった索敵で『サンクチュアリの天空牢』の後方に目星をつけていた。
インターフェースで表示した『サンクチュアリの天空牢』のマップを確認しながら、有は拳を掲げて宣言する。
「望、奏良、プラネット、勇太、リノア、そして妹よ、行くぞ! 『サンクチュアリの天空牢』の後方へ!」
「敵に囲まれているのに、空を飛んで行くのか」
「敵に囲まれているのに、空を飛んで行くの」
望とリノアの疑惑が届くこともないまま、望達は後方を目指して、『サンクチュアリの天空牢』を滑走していった。
しかし、体勢を立て直した『レギオン』のギルドメンバー達が目前に迫ってくる。
「お兄ちゃん、空を飛んだことが裏目に出たよ!」
「心配するな、妹よ。想定内だ」
慌てる花音の声を遮り、有は杖の先端を浮き島の一部にぶつけた。
有の杖が柱に触れた途端、とてつもない衝撃が周囲を襲った。
浮き島の一部が、まるで蛍火のようなほの明るい光を撒き散らし、崩れ落ちるように消滅したのだ。
「ーーっ」
行き先に穴が空いたことで、『レギオン』のギルドメンバー達の動きが止まる。
「浮き島の一部の元素では、新たなアイテムを作成することはできないな」
有は一仕事終えたように、眩しく輝く杖の先端の宝玉を見ていた。
呆気に取られる『レギオン』のギルドメンバー達から視界を逸らして、望達は後方へと向かう。
「「有!」」
やがて、望達の視界に『サンクチュアリの天空牢』の後方が見えてくる。
しかし、既に後方には賢が待ち構えていた。
「随分と浅はかな考えだ」
嘲笑うような賢の瞳。
彼と視線が合った瞬間、望達に畏怖が走る。
「無駄だ。……言ったはずだ。君達をここで逃がすつもりはないと」
賢は確たる証として説く。
『蒼天の騎士』と呼ばれている『レギオン』の参謀。
愚かで浅い有の浅知恵など、たったの一綴りで霧散するように。
「お兄ちゃん、これからどうしたら……」
「妹よ、分かっている。だが、今は打つ手が思いつかない。この状況を覆すためには徹達、『アルティメット・ハーヴェスト』の協力が必要だからな」
花音の戸惑いに、有もまた、動揺を隠せずにいた。
望達の帰路は塞がれた。
肝心の徹達、『アルティメット・ハーヴェスト』もかなめ達によって抑えられているのか、なかなか現れない。
だが、望達は諦めなかった。
何ができるのか分からないまま、それでも藻掻き、足掻いていく。
美羅の特殊スキルによって生み出された理想の世界一ー。
本来の現実世界の根幹が、仮想世界が成り立つその意味が否定された、この状況を覆すためにーー。
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