「いらっしゃいませ」
宿屋に入った望達を、NPCの店員が応対する。
王都、『アルティス』の宿屋は盛況で、多種多様な装備を着込んだプレイヤー達が血気盛んに話し合っていた。
自身が所属するギルドや街中にある宿屋などは、絶対不可侵のエリアだ。
街中やフィールド上と違って、安全が保証されている。
一階は宿屋の受付と酒場で、二階以降は宿屋の部屋になっていた。
「ご注文はお決まりでしょうか?」
望達が席に着いてしばらくメニューを見ていると、NPCの店員が注文を聞いてくる。
「どうするかな」
望が思い悩んでいると、腕を組んだ有はとんでもないことを口にした。
「よし、ケーキ全種類制覇するぞ!」
「お兄ちゃん、私もケーキ全種類制覇するー!」
「ケーキ全種類制覇!?」
有と花音の突拍子のない注文を聞いて、望は呆気に取られてしまう。
「お待たせ致しました」
「お兄ちゃん、すごく美味しそうだよ!」
やがて、注文したケーキが全て並べられると、花音が両手を前に出して、水を得た魚のように目を輝かせる。
その様子を傍目に、有の父親は早々に切り出した。
「有、これからどうするんだ?」
「ここなら、他のプレイヤー達の噂話や情報が入ってくるからな。新しいクエストの噂、そして仲間に出来そうなプレイヤーを探ってみるつもりだ」
有の父親の疑問に、有は淡々と答える。
「カリリア遺跡の件、聞いたか?」
「ああ。特殊スキルの使い手がいる上位ギルドが、昨日のカリリア遺跡の限定クエストを達成したんだよな」
望達が耳を傾けると、周囲のプレイヤー達がグループごとにテーブルを囲み、雑談に興じていた。
モンスターの情報や、昨日のカリリア遺跡のクエストについての噂、ダンジョンで手に入れた武器の自慢、あるいは現実での話を持ち込み、会話に花を咲かせている。
「何だか、俺達、すごい有名人になったみたいだな」
「特殊スキルの使い手の存在は、いろいろな意味で周囲の意識を引き付けているからね。それにカリリア遺跡のボスを倒したギルドは、高位ギルド以外では『キャスケット』だけだから、余計に注目されているんだろうね」
望が顔を片手で覆い、深いため息を吐くのを見て、有の母親は気遣うように声をかける。
「『星詠みの剣』、欲しかったなー」
「伝説の武器、どこのギルドが手に入れたんだったっけ?」
「高位ギルド、『レギオン』だよ」
「なっーー」
プレイヤー達の予想外な議論に、望は耳を疑った。
望は思わず、そのまま、立ち上がりそうになって、自分で自分の手を掴むことで抑え込む。
望は驚いた様子で、有に疑問を投げかけた。
「有。伝説の武器は、『レギオン』が手に入れたのか?」
「お兄ちゃん。伝説の武器は、ニコットちゃん達が手に入れたの?」
「ああ、望、妹よ。クエスト達成の報告をした際に、運営に確かめたから間違いない」
血相を変えて聞いてきた望と花音の姿に、有は不快感を隠すことなく眉をひそめる。
「奏良は、あの時、徹と会っていたんだよな」
「……ふん」
望が軽い調子で訊くと、奏良は不満そうに目を逸らした。
「僕の行き先に、あいつがいただけだ」
奏良は素っ気なく答えると、苦悶の表情を浮かべる。
「高位ギルド、『レギオン』か……」
「はあはあ……。安全領域、到達!」
望達が更なる情報を探っていると、突如、少女が宿屋に駆け込んできた。
ぱっちりとした青水晶のような瞳に、透明感がある白い肌。
そして、絹のような亜栗色の長髪の頭上に、ケモミミを生やしている。
見た目は、どこにでもいるような普通の少女だった。
だが、ニコットと同じように、彼女の頭上に生えたアンテナのような不可思議なものを前にして、望達は確かな違和感を覚えたのだった。
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