「初めまして、『キャスケット』の皆さん」
その人物は前に進み出ると、身に纏っていたフードを取り払った。
紫水晶の瞳に、作り物のような繊細な顔立ちの青年。
彼が装備する武器や防具はどれも精巧で、かなりのレアアイテムであることが分かる。
「……っ」
未知の来訪者ーー。
予想外の展開を前にして、杖を構えた有は低くうめいた。
「有様。この周辺では、電磁波の発生は感じられません」
プラネットは即座に目を閉じて、『レギオン』と『カーラ』による電磁波の妨害がないかを探った。
だが、今のところ、『レギオン』と『カーラ』による尾行はないのか、不可解な発信源は確認できなかった。
「心配しなくても、私は『レギオン』と『カーラ』の者ではない」
「ーーっ」
青年は事実を如実に語ると、花音の隣に立っている愛梨を窺い見る。
「私は、一介のソロプレイヤーだ。君達の敵ではーー」
「有、惑わされるなよ!」
青年の声を遮ったのは、先程まで奏良と言い争っていた徹だった。
徹は愛梨を護るようにして立ち塞がると、剣呑の眼差しを込めて告げる。
「こいつは、吉乃信也。『カーラ』のギルドマスター、吉乃かなめの兄で、『創世のアクリア』のプロトタイプ版の開発者の一人だ!」
「なっ! 彼は、開発者の一人なのか?」
徹が語った真実に、奏良は虚を突かれたように目を瞬かせてしまう。
「残念。先に、自己紹介されてしまったか」
「……おまえ、俺がいることを知っていて、わざと会話を続けていただろう」
信也の戯れ言に、徹は不満そうに表情を歪める。
「ソロプレイヤーだというのは事実だ。私は現実(リアル)が忙しくて、ギルドへの協力はできなかったからな」
「とにかく、愛梨も紘も、そして望も、おまえ達に渡すつもりなんてないからな!」
信也の言葉を打ち消すように、徹はきっぱりとそう言い放った。
「そもそも、この街に何をしに来たんだよ!」
「もちろん、転送石を購入するために」
「……っ」
信也の即座の切り返しに、有達は胡散臭そうに睨みつける。
信也は、有達に一瞥くれて言い直した。
「……というのは口実で、『アルティメット・ハーヴェスト』の姫君に会いに来たと言えば伝わるかな」
「やっぱり、愛梨を狙ってきたんだな!」
「そう取ってもらっても構わないよ」
徹の否定的な意見を、信也は予測していたように作業じみたため息を吐いた。
信也は愛梨に視線を向けると一転して、柔和な笑みを浮かべる。
「椎音愛梨さん、そして、蜜風望くん。美羅様が、君達に会いたがっている。一緒に来てもらえるかな?」
「……っ!」
信也が近づいてくると、愛梨は怯えたように花音の背後に隠れた。
「望くんと愛梨ちゃんは渡さないよ! 望くんと愛梨ちゃんは、私達の大切な仲間だもの!」
信也の誘いに、花音は眦(まなじり)を吊り上げて強く強く否定する。
「ああ。望と愛梨は、俺達の大切な友人で仲間だ。他のギルドに渡すわけにはいかない」
「愛梨を守ることが僕の役目だ」
強い言葉で遮った花音の言葉を追随するように、有と奏良は毅然と言い切った。
「マスターと愛梨様を、あなた方に渡すわけにはいきません!」
「そんなことさせるかよ!」
プラネットと徹も、信也の申し出を拒む。
「残念だ。私は、美羅様と話をしたかっただけなのにな」
有達の答えを聞いて、信也は失望した表情を作った。
「お客様。店内は、絶対不可侵のエリアに登録させて頂いています」
「分かっている。ここで、彼らと戦うつもりはない」
信也は苦笑して、慌てふためくペンギン男爵の頭を撫でる。
自身が所属するギルドや街中にある宿屋などは、絶対不可侵のエリアだ。
街中やフィールド上と違って、安全が保証されている。
オリジナル版では、絶対不可侵のエリアで揉め事を起こした場合、運営から摘発され、アカウント停止、最悪はアカウントそのものを削除されていた。
プロトタイプ版でも一応、適用されているのか、開発者側である信也はあっさりと引き下がった。
「忠告だ。この世界にいるプレイヤーは、君達『キャスケット』と三大高位ギルドだけではない。私のようなソロプレイヤーや、プレイヤー同士でパーティを組んでいる者達もいる」
「……三大高位ギルド以外にも、このプロトタイプ版にログインしているプレイヤーがいるのか」
意外な局面に、奏良はインターフェースで表示した湖畔の街、マスカットのマップを視野に入れながら模索する。
「また、会おう」
微笑とともに決然とした言葉を残して、信也は転送アイテムを掲げるとその場から姿を消した。
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