兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第三百ニ十一話 翡翠の残響④

公開日時: 2021年12月24日(金) 16:30
文字数:1,112

現実ではあり得ない世界を創世したVRMMOゲーム。


≪創世のアクリア≫


かってその名を聞かない日はないというほど、有名な剣と魔法の幻想世界ーーいわゆる異世界を舞台にしたVRMMORPGだった。

しかし、多くの人々が楽しんでいたそのゲームの面影はどこにもない。

多くのプレイヤー達の帰還不能状態からの解放と多大な不正を見過ごしていたことを受けて、世論に押された『創世のアクリア』はサービスを終了していた。

『創世のアクリア』は、運営会社が多くのプレイヤー達の帰還不能状態を出した上に、『レギオン』と『カーラ』による誘拐、監禁を見過ごしたという不祥事による操業停止から、サービスの完全停止という処置を受けている。

だが、その開発者達はプロトタイプ版を用いて、現実世界にまで影響を及ぼしてきた。

既に、世界規模で『レギオン』と『カーラ』の企みが社会の中枢にまで食い込んできている。


激化していく現実世界と仮想世界。

理想の世界という悪疫が、二つの世界を変えた。


苦しみ、悲しみ、不安。

そんな感情に押し潰されそうな日々。

この先、世界はどうなってしまうのだろう。


様々な思いが交錯する中、二つの世界全体を揺るがす戦いへ向け、望達は前に進むための歩みを止めない。

先の見えない暗い世界の裏側に、望達は触れ、窺知しようとしていた。


「怖い……」


帰宅途中の愛梨は不安を形にするように、空を仰ぎ見た。

雲に占拠された空に、雨の帳が降りる。

辺りはただ、重い沈黙だけが横たわっていた。


「愛梨、心配することはない。私達がそばにいる」

「明日も、一緒についていてやるからな」

「うん……」


紘と徹は、肩を震わせる愛梨を気遣って、一緒に並んで歩いていく。


「愛梨、帰ったら、一緒にショッピングモールに行かないか? 愛梨と小鳥が気に入りそうな新作スイーツが今日、発売されるみたいなんだ」

「……うん。小鳥、スイーツ、喜んでくれるかな」


徹の呼び掛けに、愛梨は不安定な声色で応えた。

不意に、お見舞いの時に持参したお菓子を堪能していた小鳥の姿を思い起こす。

愛梨は必死に言葉を形にするように掠れた声で続ける。


「徹くん。新作スイーツって、どんな感じのものなの……?」

「そうだな。モンブランプリンとかミルククレープとか、甘いデザートじゃないか。愛梨と小鳥が気に入りそうなスイーツ、俺達も一緒に探してみるな」

「……ありがとう」


徹の気遣いに、愛梨は花が綻ぶように無垢な笑顔を浮かべた。


「大丈夫だ。愛梨が選んだものなら、小鳥はきっと喜んでくれる。そして徹、変なスイーツを選ぶな」

「……うん」

「何で、変なスイーツを選ぶこと前提なんだ!?」


紘が発した未来を見据えた意見に、愛梨が小さく頷き、徹は不満そうに言い返した。

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