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留菜マナ
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第百三十八話 星の古戦域⑥

公開日時: 2021年2月3日(水) 16:30
文字数:2,426

信也の来訪は、一瞬にして周囲の空気を硬化させた。

それは、信也が立ち去った後もなお、続いている。


「愛梨ちゃん、もう大丈夫だよ」

「……うん」


花音は、今も心細そうにしている愛梨の華奢な手を取り、微かに頷いてみせた。


有達がプロトタイプ版にログインしたタイミングを見計らったように、信也は湖畔の街、マスカットを訪れていた。

そして、ペンギン男爵が告げた『絶対不可侵のエリアに登録している』という不可解な言葉。


事態の急転を受けて、有は状況を整理してみる。


「徹よ。王都、『アルティス』に戻る前に、プロトタイプ版についての情報を教えてほしい」

「……分かっているよ」


有の申し出に、徹は首肯し、申し訳なさそうにそう告げた。


「だけど、ここじゃ目立つから、詳しい話は『キャスケット』のギルドの中で話すからな」

「ああ」


徹の提案に、有は得心いったように頷いた。


「ペンギン男爵さん、また来るね」

「ありがとうございます」


花音が喜色満面で言うと、ペンギン男爵は恭しく礼をする。

有達は店の外に出ると早速、ギルドへと向かう。


「母さん!」

「お母さん、お待たせ!」

「その様子だと、転送石は手に入ったみたいだね」


有達がギルドに入ると、有の母親が出迎えてくれた。


「わーい! これで、いつでもギルドに戻れるよ!」


転送石の一つを設置すると、花音は嬉しそうにはにかんだ。


「ギルド内に入ったのは、初めてだな」


徹が顔を片手で覆い、深いため息を吐くのを見て、有の母親は気遣うように声をかける。


「こんにちは」

「は、初めまして、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバーの鶫原徹です」


有の母親の挨拶に、徹は居住まいを正して、真剣な表情で返した。


「君は、やけに有のお母さんに対して、かしこまっているな」

「……おまえ、一言多いぞ」


奏良の言及に、徹は恨めしそうに唇を尖らせる。

カウンターに座った徹は、心を落ち着けるように話を切り出した。


「何が聞きたいんだ?」

「プロトタイプ版では、三大高位ギルドが運営の代わりに、この世界を管理していると聞いた。三大高位ギルドそれぞれが、どのエリアを管轄しているのかを知りたい。そして、『絶対不可侵のエリアに登録している』という意味合いについてだ」

「プロトタイプ版では、申請制を取っているんだ。管轄している高位ギルドに申請すれば、その場所が『絶対不可侵のエリア』として扱われるようになる」


有の要求に、徹は素っ気なく答える。


「『創世のアクリア』のプロトタイプ版では、運営の代わりに三大高位ギルドの手によって管理されている。この街ーー湖畔の街、マスカットは、『アルティメット・ハーヴェスト』の管轄下になっているんだ。ここからは重要な話になるからーー『我が声に従え、シルフィ!』」

「うん」


徹はそこまで告げると、シルフィを呼び出した。

主である徹の意思を汲んだように、周囲の音がぴたりと遮断される。

外に音が漏れないように、室内に見えない壁を張ったのだ。

周囲の音が聞こえなくなったことを確認すると、徹は仕切り直して続けた。


「『アルティメット・ハーヴェスト』は、王都『アルティス』の周辺の街やダンジョン。『レギオン』は、機械都市『グランティア』の周辺の街やダンジョン。『カーラ』は、幻想郷『アウレリア』の周辺の街やダンジョンを管理しているんだ」

「ギルドホームを拠点として、世界は三大高位ギルドによって管轄されているというわけか。そのエリア内で起きた不祥事などに対する対処は、それぞれの高位ギルドによる。どこまで信憑性のあるものか、判断がつかんな」


徹の説明に、奏良はカウンターに背を預けて、疲れたように大きく息を吐いた。


「メルサの森は、『カーラ』の管轄下になるんだよね」

「その通りだ、妹よ。カリリア遺跡は、『レギオン』。朽ち果てた黄昏の塔、パラディアムは、『アルティメット・ハーヴェスト』の管轄下になっているはずだ。これからはクエストを受ける際、ダンジョンのある場所も把握しておいた方が良さそうだな」


花音の言い分に、有は少し逡巡してから答える。


「たとえ、『レギオン』と『カーラ』とは無関係のクエストだとしても、目的地が彼らの管轄内だとしたら危険極まりないだろう。また、吉乃信也のように、ギルドに加入していなくても、『レギオン』と『カーラ』に関わっている場合もあるからな」


有は詮索しながらも、転送石の一つをアイテム袋に入れた。


「まずは、『アルティメット・ハーヴェスト』の紹介の上で、クエストを受けようと思っている。これから先、特殊スキルを狙うギルドの抗争は激しくなりそうだからな。転送石さえあれば、ギルドへの移動コストは格段に減るだろう」

「さすが、お兄ちゃん!」


誇らしげにそう言い放った有を見て、花音は顔を輝かせる。


「有。本当に、クエストを受注しても大丈夫なのか?」

「現実世界を元の状態に戻すためには、美羅の特殊スキルの力を止める必要がある。クエストを受ければ、リノアを元に戻す方法が見つかるという確証はないが、こればかりは行ってみないと分からないからな」


奏良の思慮を聞いて、有は思案するように視線を巡らせた。


「有。君は人使いが荒い上に、全く効率的ではない。そもそも、クエストの中に、彼女を元に戻す方法があるとは限らない」


有の提案に、奏良は懐疑的である。

だが、それでもこの状況を打破するためには、それしかないと奏良は悟った。

その言葉を皮切りに、徹は沈着に現状を分析する。


「そのことについてだけど、『アルティメット・ハーヴェスト』の管轄内には、リノアはログインしていない」

「管轄内には、ログインしていない。それは、リノア様は別の場所にログインされているということなのでしょうか?」


プラネットは不思議そうに、徹の真偽を確かめた。


「ああ。リノアは、強制的に『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせられている。美羅の縁のある『レギオン』のギルドホームにな」

「ーーっ」


徹の予想外な言葉に、有達は耳を疑った。

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