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留菜マナ
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第百七十ニ話 君に叶わぬ恋をしている⑧

公開日時: 2021年3月9日(火) 16:30
文字数:1,551

このまま、ここで戦うのはまずいなーー。


徹の頭の中で警鐘が鳴る。

様子を窺っていた徹は、改めて周囲を見渡した。

『カーラ』のギルドメンバーの魔術のスキルの使い手達は、今も転送アイテムなどを使用不可能にする魔術を練り上げている。


「何とかして、リノアとともに、ここから脱出しないといけないな」


徹は少し躊躇うようにため息を吐くと、複雑な想いを滲ませる。


「まずは、魔術のスキルの使い手達を止める」


徹は気持ちを切り替えるように一呼吸置くと、イリス達ーー『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達とコンタクトを取り始めた。






『フェイタル・レジェンド!』

「賢様!」


勇太の放った渾身の一撃。

しかし、同じ天賦のスキルの使い手達が、賢の盾になるように、勇太の前に立ち塞がる。


『『フェイタル・レジェンド!』』

「ーーっ」


天賦のスキルの使い手達が、勇太と同じ技を同時に放つ。

HPを半分以上減らされた勇太は、大きく吹き飛ばされて地面を転がった。


「勇太くん!」


リノアの父親は勇太の元へと駆け寄り、回復する。

そして、勇太の決意を助けるように、リノアの両親も攻撃を重ねていく。


「俺が勝ったら、リノアは返してもらうからな」

「なら、私が勝利した暁には、蜜風望達には美羅様のシンクロに協力してもらおうか」


勇太と賢は、互いの信念を賭けて向かい合った。

これに対して、『カーラ』の者達は、賢とかなめへの防御を固める。


「よーし、行くよ!」


その布陣を見た花音は、即座に判断した。

花音は裂帛の気合いと同時に、賢達ではなく、その周囲を固める『カーラ』のギルドメンバー達の元へと動く。

鞭を振るい、疾風の如き速さで距離を詰める。

花音は、ギルドメンバー達に反応させることさえ許さず、先制の一撃を叩き込むことに成功した。

一撃を叩き込むと即座に、囲まれないよう立ち回る。


「ーーっ」


その舞い踊るような花音の連撃に、『カーラ』のギルドメンバー達は躊躇し、翻弄されてしまう。

しかし、花音の防衛をすり抜けて、『カーラ』のギルドメンバー達は有達へと迫った。


「お兄ちゃん、お願い!」

『元素復元、覇炎トラップ!』


花音の合図に、有は襲いかかってきた『カーラ』のギルドメンバー達に向かって、杖を振り下ろした。

有の杖が床に触れた途端、空中に炎のトラップシンボルが現れる。


「くっ!」


『カーラ』のギルドメンバー達がそれに触れた瞬間、熱き熱波が覆い、炎に包まれた。

行く手を遮られた『カーラ』のギルドメンバー達の動きが止まる。


「洞窟の入口までの道を切り開くのは、なかなか厳しそうだな」


有の切羽詰まった声は、ぶつかり合った勇太と賢の剣戟に吸い込まれて消えた。


「くっ!」


勇太が波状攻撃を放てば、賢は手にした剣で軽々と全ての連撃を受け止めた。

だが、勇太とリノアの両親は負けじと攻撃をさらに繋いでいく。

しかし、勇太の緊密な連携を前にしても、賢は重厚な剣で軽々と対応しきった。


『……お父さん、お母さん。私、女神様に生まれ変われるように頑張るね。だから、笑って、泣かないで。私はどんな姿になっても、お父さんとお母さんの娘だから』


不意に、リノアの父親の脳裏に、あの日の娘の笑顔が蘇る。

それは、彼らが洗脳されていた頃の家族の風景。

リノアに『美羅になること』を強要していた、歪なーーだが、確かに存在していた在りし日の光景。


「リノア……」


リノアの父親は蚊が鳴くような声でつぶやいて、自分の袖を強く握りしめた。


プロトタイプ版のみに存在するダンジョン、『シャングリ・ラの鍾乳洞』。

そして、『サンクチュアリの天空牢』。


危険な戦いに身を投じる事と引き換えに、リノアを救うことができる。

奇縁によって出会った、望達に与えられたリノアを救うための機会。

それは、現実世界さえも侵食していく、情けも容赦もない戦いへと発展していった。

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