「彼女が死んだ……?」
言葉の意味を理解した瞬間、少年の瞳は涙に濡れた。
少年はずっと、一人の少女に想いを寄せていた。
人見知りの激しい彼女を、遠くから見守っているだけの儚い恋。
彼女に声をかけることも、触れることもできずにただ見つめていた。
しかし、その日、少年は初めて、救急車に運ばれていく少女と遭遇する。
椎音愛梨。
両親の口論に巻き込まれて死んだ少女。
それは、世界の端っこで起きた小さな悲劇。
だけど、少年にとっては、何よりも堪えがたい事実だった。
一転として混沌と化す現実に、少年は呆然と立ち尽くす。
「僕は、愛梨のために何もしてあげられなかったのか」
それはまるで、祈りを捧げるような懇願だった。
その虚無は、今までの不甲斐ない過去よりも、少年の心に突き刺さった。
その後、愛梨の通夜と葬式が取り行われたことで、少年は愛梨の死を否応なしに実感する。
その時、携帯端末にメッセージが届いた。
いつものギルドマスターからの招集の連絡に、少年は苦悶の表情を浮かべる。
「僕はどうして、愛梨と同じギルドに入らなかったんだろう」
少年ーー岩波(いわなみ)奏良(そら)は蚊が鳴くような声でつぶやいて、自分の袖を強く握りしめた。
もしも、自分が愛梨と同じギルドに入っていたら、彼女を護ることができたかもしれない。
その事実は、奏良の心に底の見えない亀裂を浸食させていく。
涙が止まらなかった。
湧き水のように溢れ出してきて、止めることができなかった。
奏良は、いつまでもいつまでも自分自身を責め続けた。
紘達の策略によって、望が愛梨としても生きるようになってから、しばらく経った日。
「望の魂分配(ソウル・シェア)のスキルを使って、愛梨を生き返えらせた?」
ギルドマスターである有からの報告に、奏良は耳を疑った。
『創世のアクリア』の公式リニューアル前に、望の家に招かれた奏良は、想定外のことを聞かされて目を瞬かせる。
「愛梨って、椎音愛梨さんのことか?」
愛梨が生き返ったことを未だに信じられない奏良が、すがるように有を見る。
「ああ。『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドマスター、椎音紘の妹だ」
「そうか」
有に何度も確認した後、奏良はひそかに口元を緩める。
その時、目を覚ました望が、花音に支えられながら有達がいる部屋に入ってきた。
「奏良、来ていたんだな」
「……ふん」
望が軽い調子で言うと、奏良は不満そうに目を逸らした。
「最初は報告を疑っていたが、おまえは本当に彼女と入れ替わるようだな」
「ああ。だけど、愛梨の時は、愛梨としての自覚はあっても、俺としての自覚はないからな」
「それならいい。むしろ、あってもらっては困る」
望の言葉に、奏良は素っ気なく答える。
魂分配(ソウル・シェア)のスキルは、望自身の魂を愛梨に分け与えるスキルだ。
今の愛梨は、望の魂と生前の愛梨の魂が融合して生き返った存在だった。
しかし、現実で半年ぶりに再会した愛梨は、以前の彼女のままで、魂を分け与えた望の片鱗さえもなかった。
あの日以来、抱くこともなかった愛しい感情が沸き上がるのを奏良は感じていた。
奏良は目を伏せると、愛梨を思い浮かべながら優しく語りかける。
「望。愛梨が困っている時はいつでも言ってくれ。すぐに馳せ参じよう」
「あ、ああ」
愛梨に対しての言葉に、望は何と答えたらいいのか分からず、曖昧な返事を返した。
それをどう解釈したのか、奏良は踵を返し、噛みしめるように言う。
「僕が必ず愛梨を守ってみせる。今度こそ、君の不安を取り除いてみせる」
決然とした言葉を残して、奏良はその場を後にした。
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