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留菜マナ
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第ニ百五十七話 氷水晶のレクイエム⑤

公開日時: 2021年6月2日(水) 16:30
文字数:1,661

「『這い寄る水晶帝』のダンジョンの構造は、『サンクチュアリの天空牢』の時のように組み替えることはできないからな」

「「徹?」」


望とリノアは不思議そうに、徹の真偽を確かめる。


「紘が特殊スキルを用いて、ダンジョンの構造の変革を阻止するために動いている。だからこそ、吉乃信也と吉乃かなめは、その妨害を防ぐために『カーラ』のギルドホームに残っているんだ」

「「『強制同調(エーテリオン)』の力……!」」

「ああ、その通りだ。かなめと信也には『カーラ』のギルドホームに残ってもらって、椎音紘の特殊スキルの妨害とダンジョンの構造の変革を頼んでいる。だが、椎音紘の特殊スキルには相当、手こずっているようだな」


確信を持ってその結末を受け入れている賢の静かな声が、受け入れがたい事実を突きつけてくる。


「プロトタイプ版の開発者である信也とかなめの妨害に対しても見据えるか。椎音紘の特殊スキル、やはり厄介だな」


無感情な賢の声が、望達の耳朶(じだ)に否応なく突き刺さったのだった。


「行け!」


望達と賢が相対する中、徹は光龍を使役する。

徹に指示された光龍は、身体を捻らせてニコットへと迫った。


「ーーっ」


虚を突かれたせいなのか、ニコットは体勢を立て直すこともできずにまともにその一撃を喰らう。

そして、徹が動くのを見計らっていたように、望達が居る場所に次々とプレイヤーが駆け込んできた。

全員がレア装備を身につけ、それぞれの武器をモンスターと使い魔達、そして『レギオン』のギルドメンバー達に突きつけてくる。

恐らく、全員が『アルティメット・ハーヴェスト』の一員なのだろう。

『這い寄る水晶帝』の戦いは、さらに苛烈さを増していく。

味方、敵、中立が混在した混沌の渦の中、入口手前の通路は一気に乱戦状態へと陥っていった。


「徹くん!」


右手をかざした花音は、爛々とした瞳で周囲を見渡した。


「おのれ!」

「慌てる必要はない」


凛とした声が、混乱の極致に陥っていた『レギオン』のギルドメンバー達を制する。


「賢様」

「『アルティメット・ハーヴェスト』の介入は想定どおりだ。このまま、予定どおりに事を進めていけばいい。分かっていると思うが、私はこれから蜜風望達と戦うことになる。美羅様の座標はいつでも変えることができるから、実質は私と美羅様、そして蜜風望、二対一の戦いだ」


戦局を見据えた賢のつぶやきが、不気味に木霊した。


「勝っても負けても、私達には損失はない。むしろ、美羅様の特殊スキルを使わせることができるという有益になる事柄だろう」


長い沈黙を挟んだ後で、賢は淡々と告げる。


「美羅様が特殊スキルを使っておられたら、私達の求めている理想の世界はこのまま維持することができる。いずれ、蜜風望だけではなく、椎音愛梨ともシンクロを行わせることが可能になるはずだ。そうすれば、『レギオン』と『カーラ』は世界を救った救世主だとして称えられ、全ては完全に美羅様のーー私達の思いのままになる」

「はっ。心得ております」


賢は、美羅の腹心。

彼の行動は、美羅の意向に基づいている。

『レギオン』と『カーラ』が、望達に必要以上に干渉してくるのはリノアにーー美羅に特殊スキルを使わせるためだった。

嗜虐的な賢の指示に、『レギオン』のメンバー達は丁重に一礼したのだった。

今後の指示を終えた賢は望達のもとへと瞬接し、横切りを放つ。

それを紙一重でかわした望とリノアが袈裟斬りを仕掛け、一進一退の攻防が続いていく。

しかし、あくまでも余裕を漂わせる賢の剣捌きに対して、望は状況の改善を迫られていた。


「「ーーっ」」


何十回目かの長い斬り合いは、賢が繰り出した斬撃によって、望とリノアが大きく吹き飛ばされたことで中断される。

既に、望とリノアのHPが半分を切ったのにも関わらず、賢のHPはまだ、ほとんど減っていない。


「「……強い」」


独りごちた望とリノアは、決定的変化に瞳を細める。

望と愛梨の特殊スキルが込められた剣に対抗する力を備わった伝説の武器。

複合スキルによって強化された『星詠みの剣』は、まさに伝説の武器に相応しい力を発揮していた。

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