「愛梨の特殊スキルが込められた弾丸に耐える存在か。厄介だな」
常軌を逸した出来事を前にして、奏良は警戒するように周囲を窺う。
奏良が放った弾丸には、自身の風の魔術の付与と、愛梨の特殊スキルが込められている。
それは、森周辺を消滅させてしまうほどの脅威的な威力の弾丸だ。
だが、そのようなーーとてつもない威力の弾丸を何発も喰らっても、ニコットはぎりぎりのところで耐え切ってみせた。
ーーただの機械人形型のNPCではないのかもしれないな。
転送アイテムによって姿を消したニコットに対して、奏良の瞳には複雑な感情が渦巻いていた。
そんな中、花音は目の前の光景に終始、言葉を失っていた。
「お兄ちゃん。メルサの森が……」
「妹よ、心配するな。ダンジョンなどは崩壊しても、修復可能になっている。時間はかかるが、また元の森に戻るだろう」
「……うん」
変わり果てた森の跡地を見て、花音は沈んだ表情でつぶやいた。
不安そうな妹を励ますように、有は苦々しい顔で眉をひそめる。
「メルサの森に、モンスター以外、いなかったのが不幸中の幸いだな」
メルサの森のマップを表示させた有は、沈痛な表情で考え込む。
メルサの森の修復には、かなりの時間を要する。
それまでは、メルサの森のクエストを受けることはできないだろう。
もっとも、再び、メルサの森のクエストを受けるためには、複数の高位ギルドに囲まれたこの状況を乗り切る必要があった。
「愛梨様、大丈夫でしょうか?」
「……うん」
プラネットの気遣いに、電磁波の支配から解放された愛梨は噛みしめるようにそう答えた。
激しい攻防から一転、張りつめたような静寂に空間が支配される。
痛いような沈黙。
だが、そんな静謐さを打ち破るように、空から一筋の剣が降ってきた。
「青い剣?」
狙い澄ましたように、剣は有達の目の前に突き刺さる。
「……あっ」
小さく声を漏らし、愛梨は不思議そうに剣を見つめた。
「お兄ちゃん。もしかして、これってーー」
「ああ。メルサの森に潜んでいたボスモンスターのドロップアイテムの一つ、『蒼の剣』だな」
花音の疑問に、有は感情のこもった声でそう断言する。
「恐らく、先程の奏良の攻撃で、ボスモンスターを討伐したのだろう」
森の跡地を吟味しながら、有は淡々と告げた。
「空を飛ぶボスモンスター、一本釣りの要領で倒せたのかな?」
「どんなタイプのモンスターだったのでしょうか?」
意気消沈する花音と同様に、プラネットは名残惜しそうな表情を浮かべると、森の跡地を見つめる。
「タイプ? ーーあっ、風属性の魔術による武器への付与!」
その時、不意の閃きが、花音の脳髄を突き抜ける。
蒼の剣を眺めていた花音が、興味津々な様子で訊いた。
「ねえ、愛梨ちゃん。この剣にも、奏良くんの弾丸のように、愛梨ちゃんの特殊スキルを込められないかな?」
「……この剣にも?」
花音のどこか確かめるような物言いに、愛梨は不思議そうに小首を傾げる。
「妹よ、何をするつもりだ?」
「ねえ、お兄ちゃん。愛梨ちゃんの特殊スキルが込められた剣を、望くんが使ったりすることはできないかな?」
有の疑問に、花音は意図して笑みを浮かべてみせた。
「なるほど。望が、愛梨の特殊スキルが込められた『蒼の剣』を使えたら、骨竜を倒せるかもしれないな」
花音の言い分に、有は納得したように頷いてみせる。
「奏良よ。愛梨から望に戻った後、銃弾はどうだったのか?」
「望に戻った後はすぐにログアウトしてしまったから分からないが、再ログインした時は通常の弾丸だったな」
「……そうなんだね」
曖昧に言葉を並べる奏良に、花音は不満そうな眼差しを向ける。
だが、すぐに状況を思い出して、花音は表情を輝かせた。
「なら、少なくとも、愛梨ちゃんがいる間は、みんなでレベルアップできるね!」
てきぱきと鞭を動かし、次々と召喚されるモンスターを翻弄しながら、花音は周囲に光を撒き散らすような笑みを浮かべる。
「……うん」
そんな花音の戦う姿を見て、杖を構えた愛梨は花が綻ぶように無垢な笑顔を浮かべたのだった。
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