「賢様、お願いします。リノアを元に戻して下さい……」
「生憎だが、美羅様には、彼女の器が必要不可欠だ。世界の安寧のために、これからも私達を導いてもらわないといけないからな」
リノアの父親の切実な願いに、賢は表情の端々に自信に満ちた笑みをほとばしらせた。
それが答えだった。
「違う! 彼女は、リノアだ!」
「違う! 私は私だから!」
「「ーーっ!」」
賢の発言に、望とリノアは強い眼差しを込めて否定する。
そのリノアの声を聞いた瞬間に、リノアの両親の心の中で何かが決壊した。
「リノア、すまない!」
「リノア、お願い。元に戻って!」
「「ーーっ」」
リノアの両親は調度を蹴散らすようにしてリノアのそばに駆け寄ると、小柄なその身体を思いきり抱きしめた。
しかし、リノアの両親の悲痛な声にも、リノアの返事は返ってこない。
望と同じく、困惑した表情を浮かべているだけだ。
勇太は大剣を突きつけると、賢に向かって叫んだ。
「リノアを今すぐ、元に戻せ!」
「それはできないと告げたはずだ。美羅様には、彼女の器が必要だからな」
勇太の訴えを、賢はつまらなそうに一蹴する。
「だったら、これからもリノアを元に戻す方法を探すだけだ!」
「……愚かな」
勇太の即座の切り返しに、賢は落胆したようにため息をつく。
一瞬の静寂後、勇太と賢は同時に動いた。
二人は一瞬で間合いを詰めて、互いが放つ剣技を相殺し合う。
何度目かの攻防戦。
しかし、賢は勇太との戦いにおいて、無類の強さを誇っていた。
「何度挑んできても、結果は同じだ」
「ーーっ!」
賢がさらに地面を蹴って、勇太に迫る。
勇太の隙を突いて、賢による最速の一突きが飛来した。
大剣を翻した勇太は、それを寸前のところで避ける。
「リノアは、美羅なんかじゃない! リノアにこれ以上、変なことをするな!」
「なら、彼女自身に認めてもらうしかないか」
勇太がはっきりと拒絶の言葉を叩きつけると、賢は吹っ切れたような言葉とともに不敵な笑みを浮かべた。
「蜜風望。美羅様の真なる力の発動には、君と椎音愛梨の力が必要だ」
「悪いけれど、俺は協力するつもりはない」
「悪いけれど、私は協力するつもりはない」
ゆっくりと手を差し出した賢の誘いに、望とリノアはきっぱりと否定する。
「そうか。だが、君達がいくら拒んでも、美羅様の真なる力の発動はいずれ行われる」
「「なっ!」」
賢の静かな決意を込めた声。
付け加えられた言葉に込められた感情に、望達は戦慄した。
賢の言葉に、かなめは祈りを捧げるように指を絡ませる。
「はい。美羅様は、特殊スキルの使い手であるあなた方を求めています」
「悪いけれど、俺は協力するつもりはない」
「悪いけれど、私は協力するつもりはない」
予測できていた望とリノアの即答には気を払わず、かなめは確かな事実を口にする。
「美羅様の真なる力の発動は、必ず行われます。その時、あなた方を通して、美羅様の神託が世界に降り注ぎます」
「俺は協力するつもりはない!」
「私は協力するつもりはない!」
望とリノアの断言すらも無視して、かなめは一拍おいて流れるように続ける。
「これは、全て定められた事。世界の安寧のためなのです」
「ーーっ」
付け加えられた言葉に込められた感情に、望は戦慄した。
当然だ。
協力するかどうかについては、既に結論が出ている。
協力しない。
望は何度も、そう答えたはずだ。
「蜜風望、そして、椎音愛梨。美羅様は、あなた方の力を必要としているのです。どうか、美羅様に力をお貸し下さい」
語尾を上げた問いかけのかたちであるはずなのに、かなめは答えを求めていない。
いや、答えは求めているのだ。
ーー協力する。
その決まりきった答えだけを。
「ーーくっ」
「ーーっ」
どうしようもなく不安を煽るかなめの懇願に、望とリノアは焦りと焦燥感を抑えることができずにいた。
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