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留菜マナ
留菜マナ

第六十九話 終わらない幻想の中④

公開日時: 2020年12月6日(日) 07:00
文字数:1,476

「美羅様」


儚き過去への回想ーー。

沈みかけた記憶から顔を上げ、現実につぶやいた賢は、改めてニコットの様子を伺う。

ニコットは今もまだ、ベッドの上で眠り続けている。


「賢様。『カーラ』のギルドマスター、吉乃かなめ様から、今回の件についての通達が届いております」

「分かった」


ギルドメンバーからの知らせに、賢は表情を引き締める。

部屋を出た賢は早速、かなめとコンタクトを取った。


「かなめ。君達のおかげで、全てが上手くいきそうだ」

『有り難きお言葉です』


かなめと密談を行っていた賢は、不意にメルサの森での出来事に想いを馳せた。


望と愛梨、どちらをベースにしても、愛梨のデータの集合体である美羅を動かしたという現象。


メルサの森の戦闘で、『レギオン』のギルドメンバー達がほとんど動かなかったのには理由がある。

ある者は魔術のスキルを用いて、そして、ある者は召喚のスキルを用いて、望と愛梨の特殊スキルのプロセスの解析を試みようとしていたのだ。


美羅を完全に覚醒させるーー。 


その絶対目的のために、『レギオン』は終始、望達を観察していた。

それがいずれ、神にも等しい叡知を宿した存在を産み出す土俵になると盲信してーー。


「メルサの森での実験は、ほぼ成功したと言える。あとはーー」

『特殊スキルの使い手を手中に収めれば、全ては女神様のお望みのままに動けるようになります』


賢の言葉を引き継いで、かなめは祈りを捧げるように両手を絡ませた。


「かなめ、君の活躍に期待している」


かなめの反応に応えるように、賢は嗜虐的に笑みを浮かべたのだった。






「鶫原徹。何故、いつも愛梨のそばにいるんだ……」


翌日、状況を理解した瞬間、奏良の瞳は大きく揺れ動いた。

奏良はずっと、愛梨に想いを寄せていた。

人見知りの激しい彼女を、遠くから見守っているだけの儚い恋。


ギルド内のプレイヤー以外とは、現実では深く干渉させないプライバシー保護という制度。


その影響で、現実世界では、彼女に声をかけることも、触れることもできずにいた。

しかし、愛梨が、『アルティメット・ハーヴェスト』と『キャスケット』を兼任することになったことで、奏良の周囲を取り巻く環境は一変する。


同じギルド内のメンバーになったことで、奏良は仮想世界だけではなく、現実世界でも愛梨と親しく話すことができるようになったのだ。


その事実は、この不毛な恋に、ようやく終止符を打てるはずだった。

知らず知らずのうちに胸が湧き踊る。

ところが、その奏良の上機嫌は、ほんの少しの時間しかもたなかった。

何故なら、愛梨のそばには、いつも徹がいたことに気づいたからだ。


「愛梨、無理はするなよ」

「……う、うん」


徹の気遣いに、愛梨は掠れた声で答える。

その仲睦ましげな様子を、奏良は少し離れた場所から絶え間なく眺めていた。


同じギルドメンバーである愛梨とは、親しく話すことができる。

しかし、愛梨に近づけば、間違いなく『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバーである鶫原徹が割って入ってくるだろう。


奏良は予想外の選択を迫られて、苦悶の表情を浮かべる。


愛梨に会いたい。

だが、会えば、プライバシー制度に違反する可能性がある。


二律背反に苛まれていた奏良の携帯端末に、一通のメッセージが届いた。

内容は想定どおり、『カーラ』側が、有達の書き込んだ偽の情報を真っ向から否定してきたというものだった。

有からの掲示板に関する連絡に、奏良は神妙な表情を浮かべる。


「愛梨。まだ、現実の君に会えないのなら、僕は君を守るためにできることをしていくだけだ」


奏良は蚊が鳴くような声でつぶやいて、携帯端末を強く握りしめたのだった。


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