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留菜マナ
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第八十ニ話 明晰夢と反転世界④

公開日時: 2020年12月12日(土) 16:30
文字数:2,401

「望!」


望が目を覚ましたことに気づいたシルフィは、息を呑み、驚きを滲ませる。


「シルフィ、心配かけてごめんな」

「望、良かった……」


望が上半身を起こすと、涙を浮かべたシルフィは嬉しそうに微笑んだ。

先程まで見た明晰夢の内容は、鮮やかに記憶に焼きついている。

正直言って、思考がまるで追いつかない。

美羅の特殊スキルによって、『カーラ』のギルドマスターが見せた明晰夢の世界へと訪れたこと。

そこで、有達から語られた理想の世界の真実。

そして、紘が告げた、今後あり得るかもしれない未来の一つだという事実。

どれもあまりに突然過ぎて、現実感がまるでなかった。


「シルフィ。俺から離れるな」

「うん」


望は、自身の周りを浮遊するシルフィに言い聞かせる。

目の前には、明晰夢の中で呼び寄せた蒼の剣が転がっていた。


「蒼の剣。あの時、俺に力を貸してくれてありがとうな」


望は立ち上がると、明晰夢の影響で重くなった身体をほぐすように両手を伸ばした。

そして、一呼吸置くと、蒼の剣の柄を握りしめる。

まるで望の決意に応えるように、蒼の剣は再び、刀身を輝かせた。


「ーーっ!」


目の前で巻き起こる想定外の光景を前にして、かなめ達は思わず刮目してしまう。

紘による、明晰夢の世界への干渉。

明晰夢の世界に捉えたはずの望は文字どおり、剣を一振りしただけで、彼女が見せていた世界から脱出してしまった。

そして、明晰夢の世界の中で、望が奪ったはずの蒼の剣を現出させてみせたという奇跡のような所行(しょぎょう)。


「美羅様とのシンクロを解いただと?」

「蜜風望は、女神様の基礎となった椎音愛梨としても生きています。恐らく、女神様との波長が最も合う特殊スキルの使い手なのでしょう」


『カーラ』のギルドメンバー達の疑問に捕捉するように、かなめは軽やかにつぶやいた。


「蜜風望。女神様の完全な覚醒のために、シンクロを継続して頂きます」

「…………っ」


かなめは前に進み出ると、あくまでも事実として突きつけてきた。

あくまでも余裕の表情を見せるかなめに向かって、蒼の剣を握りしめた望は真っ向から疾駆する。


「かなめ様!」

「必要ありません」


片や、隼達が進み出るが、かなめは無機質な口調で制した。


『我が愛しき子よ』


かなめは子守歌のように言葉を紡ぐと、自身の光の魔術のスキルを発動させた。

望の周りに再び、魔方陣のような光が浮かぶ。


『我が願いを叶えなさい』

「ーーっ。同じ手は食わないからな!」


かなめの魔術によって光に包まれても、望は頭痛を物ともせず、連なる虹色の流星群を一閃とともに放つ。

望の特殊スキルと愛梨の特殊スキル。

それが融合したように、かなめに巨大な光芒が襲いかかる。


「ーーっ!」


だが、望は一片の容赦もない蒼の剣の一振りを、かなめに浴びせられなかった。

金属と金属が弾きあう音。

慮外の一撃を防いだのは、かなめではなく、突如、騎士風の男性とともに姿を現した少女だった。


「なっ!」

「……なっ」


望の驚愕は、剣を握りしめたその少女があっさりと望の一撃を防いだことによるものではない。

望が息を呑んだ理由ーーそれは、その少女が自身と全く同じ言動をおこなっていたからだ。

彼女が持つ剣の刀身からは、蒼の剣と同じ虹色の光芒が輝いている。

腰まで伸びた透き通るような銀髪。

病的なまでに白い肌。

穢れなき白を基調したドレスは、愛らしいフリルと金糸の刺繍で上品に彩られている。

まるで物語の中の眠り姫のような出で立ちに、一目で人を惹き付けるほどの美貌。

髪の色以外は全て、愛梨と瓜二つの少女がそこに立っていた。


「愛梨なのか……?」

「愛梨なの……?」


望が問いかけても、少女はまるで合わせ鏡のように同一の言動を繰り返す。

ただ、同じ言動といっても、口調などは微妙に違うようだ。


「「これってーー」」

「蜜風望。君は、かなめが告げたとおり、美羅様と最も波長が合うようだ」


独り言じみた望と少女のつぶやきにはっきりと答えたのは、シルフィでもなく、かなめ達でもなく、全くの第三者だった。

驚きとともに振り返った望が目にしたのは、柔和な笑みを浮かべた騎士風の青年だった。

艶のあるプラチナの髪は気品に満ちており、まるで名のある名家の騎士団長のような風貌である。

彼が装備する武器や防具はどれも精巧で、かなりのレアアイテムであることが分かる。


「「なっ……」」


予想外の展開を前にして、剣を構え直した望は低くうめいた。

青年の隣に立つ少女もまた、望と同じ所作で剣を構え直す。


「さて、改めて自己紹介をしようか。初めまして、蜜風望くん。私は手嶋賢。『レギオン』のギルドマスター、美羅様の参謀を努めている」

「美羅の参謀……?」

「私の参謀……?」


望の驚愕と同時に、賢の隣にいる少女も、望と同じ表情、動作で驚きをあらわにする。


「ーーはい。『レギオン』のギルドマスターであらせられる美羅様の参謀を努めてさせて頂いております」


少女のーー美羅の反応に応えるように、賢は片膝をつくと嗜虐的に笑みを浮かべたのだった。






望が賢達と遭遇したこの時、部屋の外から中の様子を窺っている者達がいた。


「お兄ちゃん、これからどうするの?」

「妹よ、今は様子見だ。まずは、敵の位置を把握しなくてはならないからな」

「うん」


改めて、これからのことを確認する有の言葉に、花音は勇ましく点頭してみせる。 

プラネットが電磁波の発信源を特定した後、有達は無事に牢屋からの脱出を果たしていた。


「徹様。電磁波の発信は、シルフィ様によって防がれていますが、『カーラ』のギルドマスターによるマスターへの干渉は続いています」

「紘の指示どおり、まずは『カーラ』のギルドマスターを何とかしないとな」


プラネットの思慮に、徹は複雑そうな表情で視線を落とすと、熟考するように口を閉じる。


激化していく戦場。

ついに動き出した救世の女神。

望を救出するために、部屋に忍び込もうとする有達。

様々な思いが交錯する中、戦局は一気に加速していくのだった。


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