望達はインターフェースで表示した湖畔の街、マスカットのマップを見つめながら、これからの方針を模索する。
「マスカットの街並みも、オリジナル版のままなんだな」
複雑な心境を抱いたまま、望は紅茶を口に運ぶ。
「『創世のアクリア』のプロトタイプ版。僕達も含めて、三大高位ギルドは、いつでもログインすることができる状態だ。少なくとも、一万人以上は、この世界を行き来していることになる」
「ああ」
奏良の危惧に、有は深々とため息を吐いた。
ログインできる者は限られているとはいえ、一万人以上のプレイヤーが、この仮想世界を行き来している。
そして、その半数近くが、特殊スキルの使い手である望と愛梨を狙っているという事実。
有は、次の手を決めかねていた。
それは、開発者達という特異性だけではなく、彼らの手腕も侮ることはできないと感じていたからだ。
「よし、望よ。まずは、愛梨の状況を確認するためにも、一度、この場で愛梨に変わってほしい」
「ああ」
「わーい」
有の慎重な指示に、望が肩をすくめて、花音は喜色満面に張り切る。
「有。椎音紘の話だと、俺の想いに愛梨が応えた場合、愛梨と入れ替わるみたいなんだ。そして逆に、愛梨の想いに俺が応えた場合、蒼の剣が力を増すことになる」
「……つまり、望の想いと愛梨の想いが対になっているということだな」
望の説明を聞いて、有は不可解そうに首を傾げる。
望は一呼吸置くと、静かに目を閉じた。
みんなを守る力がほしいーー。
それは、望自身のスキルを使えば叶うと信じている。
望の想いに、望自身でもある愛梨は応えてくれるはずだ。
『創世のアクリア』のプロトタイプ版という、イレギュラーな世界。
今、この場で、特殊スキルを使うことができるとは限らない。
それでも、望は諦めなかった。
『……『魂分配(ソウル・シェア)のスキル』』
不意に愛梨の声が聞こえた。
それは望を介し、望の意味が付与された愛梨の声。
「ああ、そうだな。俺はーーいや、俺達は諦めない!」
目を開け、顔を上げた望は、胸に灯った炎を大きく吹き上がらせた。
ギルドの奥を見据えて、望はこの世界で、たった一つだけの自身のスキルを口にする。
『魂分配(ソウル・シェア)!』
そのスキルを使うと同時に、望の視界は靄がかかったように白く塗り潰されていく。
身体の感覚も薄れて、まるで微睡みに落ちるようだった。
ーーまた、前のように、愛梨と入れ替わるみたいだな。
遠くなる意識の中、望はただ、そう思った。
そして、望の意識が途絶えたーーその瞬間、望の身に変化が起きる。
光が放たれると同時に、腰まで伸びた透き通るようなストロベリーブロンドの髪がたなびく。
病的なまでに白い肌。
穢れなき白を基調したドレスは、愛らしいフリルと金糸の刺繍で上品に彩られている。
まるで物語の中の眠り姫のような出で立ちに、一目で人を惹き付けるほどの美貌。
光が消えると、そこには望ではなく、愛梨が立っていた。
「愛梨ちゃん、お久しぶり!」
「…………っ」
花音は前へと進み出ると、ぱあっと顔を輝かせた。
花音の存在に気づいた愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。
「愛梨よ、久しぶりだな!」
「愛梨!」
「愛梨様、お久しぶりです」
「……ここ、どこ?」
花音だけではなく、有達まで近づいてくると、愛梨は怯えたようにあたふたと視線を泳がせる。
不安そうに揺れる瞳は儚げで、震えを抑えるように胸に手を添える姿はいじらしかった。
望ならまず見せない気弱な姿に、花音は優しく微笑んだ。
「愛梨ちゃん、大丈夫だよ」
「……花音」
花音の殊勝な発言に、愛梨はそっと顔を上げる。
「ここは、私達のギルド、『キャスケット』だよ」
「……『キャスケット』」
「うん」
愛梨の言葉に応えるように、花音は相打ちした。
「ねえ、お兄ちゃん。愛梨ちゃんと一緒に、お出かけして来てもいいかな?」
「妹よ。人気は少ないとはいえ、『レギオン』と『カーラ』の者達はログインしているはずだ。危険だと感じたら、すぐに転送アイテムを使って逃げてほしい。転送石について、そして、今後の方針は、俺達の方で決めておくからな」
喜び勇んで願い出た花音の頼みを聞いて、有は念のため、釘を刺す。
危険だと聞いて、奏良は不意を突かれたように顔を硬直させる。
「有、悪いが、僕は愛梨を守らないといけない。今後の件については、有達に全面的に任せよう。僕は、愛梨の護衛をする」
「奏良よ。本音がバレバレだぞ」
期待を膨らませたような奏良の声に応えるように、有はやれやれと呆れたように眉根を寄せた。
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