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留菜マナ
留菜マナ

第百三十四話 星の古戦域②

公開日時: 2021年1月30日(土) 16:30
文字数:1,825

望達はインターフェースで表示した湖畔の街、マスカットのマップを見つめながら、これからの方針を模索する。


「マスカットの街並みも、オリジナル版のままなんだな」


複雑な心境を抱いたまま、望は紅茶を口に運ぶ。


「『創世のアクリア』のプロトタイプ版。僕達も含めて、三大高位ギルドは、いつでもログインすることができる状態だ。少なくとも、一万人以上は、この世界を行き来していることになる」

「ああ」


奏良の危惧に、有は深々とため息を吐いた。

ログインできる者は限られているとはいえ、一万人以上のプレイヤーが、この仮想世界を行き来している。

そして、その半数近くが、特殊スキルの使い手である望と愛梨を狙っているという事実。

有は、次の手を決めかねていた。

それは、開発者達という特異性だけではなく、彼らの手腕も侮ることはできないと感じていたからだ。 


「よし、望よ。まずは、愛梨の状況を確認するためにも、一度、この場で愛梨に変わってほしい」

「ああ」

「わーい」


有の慎重な指示に、望が肩をすくめて、花音は喜色満面に張り切る。


「有。椎音紘の話だと、俺の想いに愛梨が応えた場合、愛梨と入れ替わるみたいなんだ。そして逆に、愛梨の想いに俺が応えた場合、蒼の剣が力を増すことになる」

「……つまり、望の想いと愛梨の想いが対になっているということだな」


望の説明を聞いて、有は不可解そうに首を傾げる。

望は一呼吸置くと、静かに目を閉じた。


みんなを守る力がほしいーー。


それは、望自身のスキルを使えば叶うと信じている。

望の想いに、望自身でもある愛梨は応えてくれるはずだ。

『創世のアクリア』のプロトタイプ版という、イレギュラーな世界。

今、この場で、特殊スキルを使うことができるとは限らない。

それでも、望は諦めなかった。


『……『魂分配(ソウル・シェア)のスキル』』


不意に愛梨の声が聞こえた。

それは望を介し、望の意味が付与された愛梨の声。


「ああ、そうだな。俺はーーいや、俺達は諦めない!」


目を開け、顔を上げた望は、胸に灯った炎を大きく吹き上がらせた。

ギルドの奥を見据えて、望はこの世界で、たった一つだけの自身のスキルを口にする。


『魂分配(ソウル・シェア)!』


そのスキルを使うと同時に、望の視界は靄がかかったように白く塗り潰されていく。

身体の感覚も薄れて、まるで微睡みに落ちるようだった。


ーーまた、前のように、愛梨と入れ替わるみたいだな。


遠くなる意識の中、望はただ、そう思った。

そして、望の意識が途絶えたーーその瞬間、望の身に変化が起きる。

光が放たれると同時に、腰まで伸びた透き通るようなストロベリーブロンドの髪がたなびく。

病的なまでに白い肌。

穢れなき白を基調したドレスは、愛らしいフリルと金糸の刺繍で上品に彩られている。

まるで物語の中の眠り姫のような出で立ちに、一目で人を惹き付けるほどの美貌。

光が消えると、そこには望ではなく、愛梨が立っていた。


「愛梨ちゃん、お久しぶり!」

「…………っ」


花音は前へと進み出ると、ぱあっと顔を輝かせた。

花音の存在に気づいた愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。


「愛梨よ、久しぶりだな!」

「愛梨!」

「愛梨様、お久しぶりです」

「……ここ、どこ?」


花音だけではなく、有達まで近づいてくると、愛梨は怯えたようにあたふたと視線を泳がせる。

不安そうに揺れる瞳は儚げで、震えを抑えるように胸に手を添える姿はいじらしかった。

望ならまず見せない気弱な姿に、花音は優しく微笑んだ。


「愛梨ちゃん、大丈夫だよ」

「……花音」


花音の殊勝な発言に、愛梨はそっと顔を上げる。


「ここは、私達のギルド、『キャスケット』だよ」

「……『キャスケット』」

「うん」


愛梨の言葉に応えるように、花音は相打ちした。


「ねえ、お兄ちゃん。愛梨ちゃんと一緒に、お出かけして来てもいいかな?」

「妹よ。人気は少ないとはいえ、『レギオン』と『カーラ』の者達はログインしているはずだ。危険だと感じたら、すぐに転送アイテムを使って逃げてほしい。転送石について、そして、今後の方針は、俺達の方で決めておくからな」


喜び勇んで願い出た花音の頼みを聞いて、有は念のため、釘を刺す。

危険だと聞いて、奏良は不意を突かれたように顔を硬直させる。


「有、悪いが、僕は愛梨を守らないといけない。今後の件については、有達に全面的に任せよう。僕は、愛梨の護衛をする」

「奏良よ。本音がバレバレだぞ」


期待を膨らませたような奏良の声に応えるように、有はやれやれと呆れたように眉根を寄せた。

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