「母さん、行ってくる」
「行ってきます、お母さん!」
「みんな、気をつけてね」
目的地が定まった有達は再びログインした有の母親にギルドを託して、まずは『シャングリ・ラの鍾乳洞』へと向かった。
『レギオン』と『カーラ』の者達を誘き出して捕らえた後、彼らに扮して潜入し、その情報源から信也が指揮を執っていた部屋の場所を特定するためだ。
そんな情勢を背景に、奏良は確かな不満を言葉に乗せる。
「何故、誰もあの行動に対して指摘しないんだ……」
ーーどうして。
その問いに込められた思いは複雑怪奇なのだろう。
奏良は視界の先に広がった光景に目を疑った。
「うわっ、寒いね!」
遠く離れた場所で愛梨と思われる少女がぴょんぴょんと跳ね回るという彼女らしからぬ行動を繰り返していた。
「やっぱり、寒い感じがするよ」
その人物ーー愛梨の格好に扮した花音は、まるで極寒の地へと訪れたように身震いしている。
花音の視界の先には凛烈さをはらむ済んだ青空と、雪化粧を施した氷の洞窟があった。
だが、『創世のアクリア』のプロトタイプ版には、体感的に寒いと感じるようなシステムはない。
「この辺り一帯は冬景色だからな。でも、ゲームの中だから、実際は寒くないだろう」
「この辺り一帯は冬景色だからね。でも、ゲームの中だから、実際は寒くないよ」
花音の言い分に、身を隠していた望は少し逡巡してから言った。
目を見張る望の前で、姿を見せているリノアもまた、不思議そうに同じ動作を繰り返す。
その指摘に、花音は信じられないと言わんばかりに両手を広げる。
「体感温度、リアルに設定したら凍えるよ」
「確かにな」
花音の訴えに、上空を見上げた徹は同意した。
『シャングリ・ラの鍾乳洞』の上空には、今回の目的の場所である『サンクチュアリの天空牢』がある。
今回、有の母親が掲示板に書き込んだ内容は、『シャングリ・ラの鍾乳洞』付近で愛梨らしき人物を目撃したというものだ。
望達はそれぞれの場所に配置し、その誤情報に釣られて、『レギオン』と『カーラ』の者達が現れるのを待ち構えている。
「マスター。この周辺では、電磁波の発生は感じられません」
望達が陽動作戦の準備を整えている間、プラネットは目を閉じて、『レギオン』と『カーラ』による電磁波の妨害がないかを探っていた。
「そうなんだな。作戦が上手くいけば、いいんだけどな」
「そうなんだね。作戦が上手くいけば、いいんだけど」
インターフェースで表示した時刻を確認しながら、望とリノアは顎に手を当てて、真剣な表情で思案する。
「ねえ、望くん、リノアちゃん。私と同じ動作をしてみて」
「俺が花音の言動を真似る必要があるのか」
「私が花音の言動を真似る必要があるのね」
花音の懇願に、望とリノアは同じ想いを呈した。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!