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留菜マナ
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第百四十ニ話 未完成エトワール②

公開日時: 2021年2月7日(日) 16:30
文字数:2,214

王都、『アルティス』に赴く当日ーー。


有の家に集まった望達は、携帯端末を操作して、『創世のアクリア』のプロトタイプ版へとログインする。

プロトタイプ版だと知っていても、目の前に広がる金色の麦畑や肌に纏わりつく風と気候は、まるでオリジナル版のように感じられた。

だが、有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並みは、一昨日と同じように閉散としていて人気は少ない。

唯一、見かけるのは、NPCである店員の姿だけだった。

しかし、信也のような『レギオン』と『カーラ』に通じた来訪者が現れないとは限らない。


「望、妹よ。他のプレイヤー達が、望に気づく前にギルドに向かうぞ」

「ああ」

「うん」


望達は周囲を警戒してから、ギルドへと足を運んだ。


「やあ」

「有。『アルティメット・ハーヴェスト』へのクエスト紹介の要請、承認してもらったよ」

「父さん、母さん、助かった」

「お父さん、お母さん、ありがとう!」

「ありがとうございます」


望達がギルドに入ると、既に有の父親と母親が『アルティメット・ハーヴェスト』側にコンタクトを取っているところだった。

ギルドの奥では、先にログインしていた奏良が準備を整えている。


「マスター。この周辺では、電磁波の発生は感じられません」


プラネットは目を閉じて、『レギオン』と『カーラ』による電磁波の妨害がないかを探っていた。

だが、今、現在、不審な電磁波は感じられない。


「そうなんだな」


その報告を聞いて、望はほっと安堵の表情を浮かべる。


「わーい! 今日はみんな、揃っているよ!」


ギルド内を一周して、ギルドメンバーが全員揃っていることを確認すると、花音は嬉しそうにはにかんだ。

望は居住まいを正して、真剣な表情で尋ねる。


「有。今回は、全員で行くのか?」

「いや。父さんと母さんには、ギルドの管理を任せようと思っている。王都、『アルティス』に赴くとなれば、それ相応の警戒が必要だからな」 


望の素朴な質問に、有は少し逡巡してから答えた。


「お兄ちゃん。今回は、ペンギン男爵さんに頼まないの?」

「ペンギン男爵には、別件を頼んでいる。『創世のアクリア』のプロトタイプ版における、新たなマップ申請をな」


花音が声高に疑問を口にすると、有はため息をついて付け加える。


「俺達は、『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインしてから日も浅い。オリジナル版との違いも、まだ、判別出来ていないからな」

「ペンギン男爵さんが、新しくお店を開いていたように、オリジナル版と異なっている箇所があるかもしれないんだね」

「その通りだ、妹よ。だからこそ、ペンギン男爵には新たなマップ作成を、そして、父さんと母さんには、ギルドの警護に当たってもらおうと考えている」


意表を突かれた花音の言葉に、有は意味ありげに表情を緩ませた。

話の段取りがまとまりつつある中、奏良は初めてプロトタイプ版にログインした時の出来事を思い返して渋い顔をする。


「ただ、問題は、『レギオン』と『カーラ』の出方が分からないということだな。吉乃信也のように、突然、僕達の前に現れるかもしれない」

「そうだな」


奏良の真摯な通告に、望は苦々しい表情を浮かべた。


「マスター。五大都市の一つ、王都『アルティス』では、勇太様、リノア様、そして、リノア様のご両親のパーティと遭遇する可能性があります」

「ああ」


プラネットの戸惑いに、望は思案するように視線を巡らせた。

ギルドの奥には、一昨日、花音が設置した『転送石』が置かれている。

望がアイテムを注視すると、ウインドウが浮かび、アイテムの情報テキストが表示された。


『望くん。『創世のアクリア』の世界に入ったら、絶対に久遠リノアさんの前で、愛梨に変わったらダメだよ。美羅様の真なる力が、覚醒してしまうから』


小鳥が発した警告どおりなら、リノアの前で、俺が愛梨に変わることで、美羅の真なる力が覚醒してしまうのだろう。

いや、正しくは、愛梨がリノアの前で、特殊スキルを使うことで発動するのか。


思考を加速させた望は、苦悶の表情を浮かべる。


リノア達に会ったら、俺達はどうすればいいんだろうか?


予想外の選択を迫られた望は、困ったようにため息を吐いた。

思い悩む望をよそに、花音は咄嗟に疑問を投げかける。


「お兄ちゃん。望くんが、愛梨ちゃんに変わらなかったら、美羅ちゃんの真なる力は発動しないんじゃないのかな?」

「残念だが、妹よ。その場合、『レギオン』と『カーラ』は、強制的に望と愛梨を入れ替わらせようとしてくるだろう。しかし、その手は使えるな」


有は顎に手を当てると、花音の発想に着目する。


「五大都市の一つ、機械都市『グランティア』。リノアを救うためとはいえ、『レギオン』のギルドホームに近づくのは危険だ。もちろん、現実世界でリノアが隔離されている病院から連れ出すのも困難を極めるだろう」

「リノア様が入院している病院内には、『レギオン』と『カーラ』の関係者がいます。勇太様達の力をお借りしても厳しいですね」


有の懸念に、プラネットは悲痛な表情を浮かべた。


「だが、望が一向に愛梨に変わらなければ、リノアを強制的に会わせようとしてくるはずだ。なら、それを利用して、『アルティメット・ハーヴェスト』の者達にリノアを取り戻してもらおうと思っている」

「なるほど。『レギオン』が仕掛けてくる罠を、逆に利用するんだな」


探りを入れるような有の思惑を聞いて、奏良は何故、王都『アルティス』に赴くのか、事情を察知した。


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