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留菜マナ
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第三百九十六話 絶望と慟哭⑦

公開日時: 2023年6月2日(金) 16:30
文字数:1,217

リノアが意識を失えば、一時的とは美羅の力は発動しない。

そうすれば信也達、『レギオン』と『カーラ』の連合軍の動きに乱れが生じる。

そして、望が愛梨と入れ替わって特殊スキルを使用しても美羅の真なる力は発動しない。

望達にとって有利な情勢。

だからこそ、信也達がこの現状を活かすためにはリノアを目覚めさせる必要がある。


「蜜風望と椎音愛梨、そして椎音紘。……君達は滑稽な舞台の役者だ。久遠リノアを回復して目覚めさせれば、この状況はすぐに好機に変わる」


信也の思惑どおり、リノアの意識が戻れば、愛梨の特殊スキルの力により美羅の真なる力は発動するだろう。

だがーー。


「くっ……!」


信也は窮地に立たされた気分で息を詰める。

まるでその思惑は無為に終わる行為だったようにーー。

信也が行動を起こす以前に、リノアは既に『アルティメット・ハーヴェスト』の保護下にあった。


もし信也の次の動向を見抜いていた者がこの場にいるとすれば、


「十中八九、椎音紘だろうな。兄妹そろって厄介な特殊スキルの使い手だ」


全てを察した信也は忌々しそうにつぶやいた。


このままでは埒が明かないな。

一刻も早く、美羅の真の力を発動させて、椎音紘と椎音愛梨の特殊スキルに対処する必要がある。


まるで愚かで浅い信也の妄念など、たったの一綴りで霧散するように、紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』が立ち塞がってくる。

規格外である紘の特殊スキルによって、『アルティメット・ハーヴェスト』は様々な情勢を自由に選択することができた。


美羅に真なる力を発動させるーー。


その絶対目的を叶えるために、信也達は最善な方法を模索してきた。

だが、信也達が如何(いか)にあらゆる策を弄(ろう)しても、紘の特殊スキル『強制同調(エーテリオン)』によって全てを見抜かれてしまう。


リノアを目覚めさせる手段は絶たれた。

だが、信也は諦めない。

自身が描く理想の実現を願ったまま、それでも藻掻き、足掻く。

何が最善か、何が最適解かを。

今はもういない彼女ーー美羅のために、この世界が創られたというのなら、私の役割はただ一つーー。


「私の役目は君達をこの場に留めておくこと。そして密風望と椎音愛梨を捕らえることだ」


信也の狙いは変わらず、美羅から授かった『明晰夢』の力を行使して望と愛梨を捕らえることだ。

逆にそれを利用すればいいという望達の結論さえも信也の意思を突き動かす。


「美羅から授かった『明晰夢』の力と君達の特殊スキルの力。どちらに軍配が上がるのか、決着をつけよう」

「愛梨が悲しむ世界にするわけにはいかない。そのためなら、私は何でもする」

「お兄ちゃん」


紘の感情のこもった言葉。

だけど、ただ事実を紡いだだけの言葉。

信也の心を読み、その先を推測するような受け答えに、愛梨は強い懐かしさを覚える。


私が困っていた時、苦しんでいた時、いつもお兄ちゃんが助けてくれた。

『あの力』を使って、守ってくれた。


否応なしに思い出す記憶を支えに、愛梨は紘を見上げた。

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