「『創世のアクリア』の世界に残ったプラネットはどうなったんだろうか」
望はテレビを消すと、不安そうに携帯端末を手に取る。
多くのプレイヤー達の帰還不能状態からの解放と多大な不正を見過ごしていたことを受けて、世論に押された『創世のアクリア』はサービスを終了することになった。
今では『創世のアクリア』は、運営会社が多くのプレイヤー達の帰還不能状態を出した上に、『レギオン』と『カーラ』による誘拐、監禁を見過ごしたという不祥事による操業停止から、サービスの完全停止という処置を受けている。
NPCであるプラネットやニコット達はどうなったのか?
勇太くんとリノアは今頃、どうしているのだろうか?
漠然とした想いのまま、望は現実世界で愛梨との入れ替わる日々を過ごしていた。
そんな中、有の家で、今後のことを話し合う日ーー。
「わーい、望くん!」
「……っ。おい、花音」
望は、とびっきりの笑顔で出迎えた花音とともに、有達がいる二階の部屋へと入る。
そこには、望にとって、想定外の人物が待ち構えていた。
「奏良、来ていたんだな」
「……ふん。予定が思っていたより、早く終わったからな」
望が軽い調子で言うと、奏良は不満そうに目を逸らした。
奏良は当初、家庭の用事で話し合いに遅れることになっていた。
しかし、愛梨のことが気がかりで、早々に用事を切り上げてきている。
「最初は報告を疑っていたが、おまえはまだ、愛梨と入れ替わるようだな」
「ああ。だけど、愛梨の時は、愛梨としての自覚はあっても、俺としての自覚はないからな」
「それならいい。むしろ、あってもらっては困る」
望の言葉に、奏良は素っ気なく答える。
魂分配(ソウル・シェア)のスキルは、望自身の魂を愛梨に分け与えるスキルだ。
今の愛梨は、望の魂と生前の愛梨の魂が融合して生き返った存在だった。
しかし、『創世のアクリア』がサービスを停止した今も、愛梨は以前の彼女のままで、魂を分け与えた望の片鱗さえもなかった。
彼女をこのまま死なせなくないという、愛しい感情が沸き上がるのを奏良は感じていた。
奏良は目を伏せると、愛梨を思い浮かべながら優しく語りかける。
「望。愛梨が困っている時は、いつでも言ってくれ。すぐに馳せ参じよう。彼女は、絶対に死なせない」
「あ、ああ」
愛梨に対しての言葉に、望は何と答えたらいいのか分からず、曖昧な返事を返した。
「妹よ。VRMMOゲーム業界は、かなり厳しい状況みたいだぞ」
「お兄ちゃん。ゲームの世界には、もう入れないのかな?」
有の指摘に、花音は携帯端末を横にかざし、視界に浮かんだポイントアプリを、指で触れて表示させる。
そして、目の前に可視化した累計ポイントを確認した。
「でも、報酬ポイント、入っているね」
「クエスト提供者は、運営ではないからな。ただ、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』のクエストを達成した際の報酬は、『レイドボス戦』に持ち込んだことで分割されているようだ」
意外そうな花音の疑問に、有は訥々と語る。
ネット情報を散見している有の母親に目配りしながら、有は満を持って本題に入った。
「望、奏良、妹よ。今後のことで相談したいことがある」
「相談したいこと?」
望が問いかけるような声でそう言うと、有は軽く頷いてみせる。
「まず、愛梨の件だが、望の話では入れ替わっている時間が徐々に短くなってきているようだ」
有の指摘に、望は愛梨の身に起きた出来事を思い返して表情を曇らせた。
「……ああ。その影響で、愛梨の時はいつもより、夕食や就寝の時間を早めにする必要が出てきたんだよな」
「愛梨の時間が短くなってきている。つまり、このまま、手をこまねいていたら、愛梨は再び、死という運命に身を委ねることになってしまうということか。一刻も早く、愛梨を救う方法を探さなければいけないな」
望の言葉を追随するように、奏良は苦々しい表情を浮かべた。
「うん。愛梨ちゃんは絶対に死なせないよ! 愛梨ちゃんは、私達の大切な仲間だもの!」
奏良の言葉に同意するように、花音は眦(まなじり)を吊り上げて強く強く肯定する。
「妹よ。愛梨を救う方法は必ず、何処かに存在しているはずだ」
「愛梨を守ることが僕の役目だ」
強い言葉で言い募った花音に追随するように、有と奏良は毅然と言い切った。
「愛梨ちゃんは、これからも私達の仲間だよ!」
「花音、ありがとうな」
両手を握りしめて言い募る花音に熱い心意気を感じて、望は照れくさそうに頬を撫でた。
「想いを幻想へと導く世界、『創世のアクリア』か」
望は目を閉じて、『創世のアクリア』の世界を想い描いた。
頭上に広がるのは、どこまでも果てがないような青空と、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』。
望はただ、仮想の塔に向かって手を伸ばす。
愛梨とリノア、そして勇太くん。
もう一人の俺でもある愛梨が、夢から醒めてしまうのなら、俺のするべきことは決まっている――。
そして、美羅と同化してしまったリノアにもう一度、会う必要があるな。
切迫詰まった状況の中、望はそう決断するのだった。
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