紘と愛梨、そして徹が『創世のアクリア』からログアウトしたのは、澄み渡る青空が広がる、心地よい昼下がりの日だった。
『帰還不能状態』になってから、今日で一ヶ月経ったことになる。
紘達は気がついたら、病室のベッドで寝かされていた。
点滴が施されており、近くの机には携帯端末が置かれている。
「紘、愛梨がいないな」
起き上がった徹は、周囲に視線を巡らせ、ここが二人部屋であることを認識する。
病室には、自分達以外は今はいないようだ。
紘は携帯端末を手に取ると、入院している病院に対して、愛梨の病室に立ち入る際の面会許可を申請した。
「愛梨の病室は、上の階にある集中治療室だ。愛梨の身体に、遺体復元装置(エンバーミング)を設置して腐敗しないようにしている」
「集中治療室。いわゆる、面会謝罪状態か」
「愛梨が存在しない半年が、どんな理由で辻褄が合わされているのか、確認する必要がある」
徹が納得したように動きの鈍い両手を伸ばしていると、紘はふらつきながらも立ち上がる。
そして、点滴台を支えに病室を出た。
「『魂分配(ソウル・シェア)のスキル』って、記憶操作も施せるんだな」
自身の携帯端末を手に取った徹もそれに倣い、慌てて紘の後を追いかける。
すれ違う患者や看護婦達をよそに、紘は病院の通路を歩き、エレベーターに乗り込んだ。
「二度と、愛梨を死なせるわけにはいかない」
「……ああ」
「そのためなら、私は何でもする」
「俺も、愛梨が生き返っていられるなら何でもする」
紘の決意に応えるように、徹は点滴台を両手で強く握りしめる。
半年前ーー。
愛梨が死んだのは、愛梨の両親の離婚が原因だった。
だからこそ、半年前のあの出来事を、紘と徹はいつまでも忘れられない。
徹が呼ばれ、紘が待ち望んでいた愛梨の誕生日は、悔やんでも悔やみきれない日になってしまった。
あの時、両親の離婚を止めることが出来たらーー。
愛梨を守ることが出来ていたらーー。
愛梨は、両親の言い争いに巻き込まれて死ぬことはなかったかもしれない。
否応なしに思い出す半年前の苦い記憶を振り切って、紘は徹とともに目的の愛梨の病室に向かう。
目的の病室にたどり着いた紘と徹は、面会謝絶の表示が解除されていることを確認してドアを開く。
「愛梨」
「愛梨、大丈夫か?」
「ーー痛い」
夢の中にいるようなふわふわとした意識の中で、愛梨は頭を押さえていた。
その様子を見て、紘は重い身体を必死に動かすと、愛梨のもとに歩み寄った。
「愛梨、無理はするな」
「う、うん」
頭痛の痛みに耐えながら、愛梨はぎこちなく答える。
「恐らく、『魂分配(ソウル・シェア)のスキル』を使用した影響だろう。しばらく休めば、落ち着くはずだ」
「そうか」
紘の言葉に、徹は安堵の表情を浮かべる。
紘は毅然とした態度で周囲を見渡した後、やがて愛梨の頭を穏やかな表情で優しく撫でた。
「私はこれから、病院の医師と今後のことについて話し合ってくる。愛梨が存在しない半年が、どんな理由で辻褄が合わされているのか、確認する必要があるからな」
「愛梨はまだ、安静にしていろよ。俺も一緒についていてやるからな」
「うん。怖くて苦しくて心細いけれど、それでも待っている」
徹の追随に、愛梨は不安そうにしながらも身体を縮ませてこくりと頷いた。
「先程、病院側とやり取りをしたメッセージでは、翌日の夕方までには、徹の両親とともに叔父と叔母も見舞いに来る。この病院は今、私達と同じようにログアウトできなかったプレイヤー達が多く入院していて、病院側はその対応に追われているようだ」
「父さんと母さんには、明日の夕方まで会えないのか」
「叔父さんと叔母さんに会うの、久しぶり」
紘の説明に、徹と愛梨がそれぞれ感想を口にする。
だけど、その再会が叶うことはなかった。
その翌日の夕方、望と入れ替わるように、愛梨が再び、深い眠りへと陥ってしまったからーー。
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