兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第百四話 二人だけの間奏曲②

公開日時: 2020年12月31日(木) 16:30
文字数:1,935

「目を覚ましたのか?」

「……目を覚ましたの?」


望の言葉に返ってきたのは、透き通るような小さな声。

触れただけで溶けてしまいそうな、雪を彷彿させる繊細な声だった。


「他に仲間はいないのか?」

「他に仲間はいないの?」


呆気に取られていた望は、次に少女が取った言動に虚を突かれた。

伏線も予備動作もなく、少女は望と同じ言動を繰り返したのだ。


「なら、一人でここに来たのか?」

「なら、一人でここに来たの?」


望が発した疑問に、少女もまた、同じ問答を返した。

目を見張る望の前で、少女もまた、不思議そうに同じ動作を繰り返す。


「望くん?」


目の前の少女が、望と同じ言動を繰り返すという、いささか不気味で信じがたい光景。

花音は、不意をつかれたように目を瞬かせてしまう。


まるで、望の意識が直接、少女を動かしている現象。


その光景には見覚えがあった。

『カーラ』のギルドホームで引き起こされた現象と、同一のものだったからだ。

あの時の美羅は、望の思うままに動き、話をしていた。

望は感覚的に、自身の手足を動かすように少女を動かしてみる。


「あの時と同じ現象によるものなのか……?」

「あの時と同じ現象によるものなの……?」


望が手を伸ばすと、少女もまた、そっと手を伸ばした。

同じ表情、同じ動作をした二人の手が重なる。


もはや、疑いようがない。

今、目の前で起きている現象は、『レギオン』と『カーラ』によって引き起こされているものだ。


有は前に進み出ると、不穏な空気を吹き飛ばすように口火を切った。


「プラネットよ。この周辺の電磁波を探ってほしい」

「はい」


有の問いに、プラネットは丁重に答える。

プラネットは目を閉じて、『レギオン』と『カーラ』による電磁波の妨害がないかを探り始めた。

だが、ニコット達が出している電磁波の発信源を特定することが出来ない。


「有様。この周辺では、電磁波の発生は感じられません」

「今回は、シンクロに伴う頭痛が発生していない。別の現象が働いているのかもしれないな」


プラネットが困惑の色を深めると、有は顎に手を当てて別の方向性を見定める。


「そのとおりだ」


望達の疑問に答えるように、その声の主は決定的な事実を口にした。


「「なっーー」」

「蜜風望。君はやはり、美羅様と最も波長が合うようだ」


独り言じみた望と少女のつぶやきにはっきりと答えたのは、有達ではなく、全くの第三者だった。

驚きとともに振り返った望が目にしたのは、柔和な笑みを浮かべた騎士風の青年だった。

艶のあるプラチナの髪は気品に満ちており、まるで名のある名家の騎士団長のような風貌である。

彼が装備する武器や防具はどれも精巧で、かなりのレアアイテムであることが分かる。


「「なっ……」」


予想外の展開を前にして、鞘から剣を抜いた望は低くうめいた。

望の目の前に立つ少女もまた、望と同じ所作で鞘から剣を抜き放つ。


「さて、改めて自己紹介をしようか。彼女は、久遠リノア。『レギオン』のギルドメンバーの一人で、現実世界での美羅様の器だ。もっとも、仮想世界では、既に美羅様と同化してもらっている」

「彼女が、美羅の器……?」

「私が、美羅様の器……?」


望の驚愕と同時に、リノアも、望と同じ表情、動作で驚きをあらわにする。


「美羅様と同化した彼女が、現実世界ではどうなるのか。私は知りたい」


何かを悟った賢は、全てを投げ出した愚者のように言う。

そんな中、望達は全く気がついていなかったのだが、彼らの様子をじっと見つめている『二人の少年』がいた。

そのうちの一人、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバーである徹は意外そうに目を瞬かせる。


『まさか、ここで、美羅の器になった少女を、望に会わせるなんてな』


気まずそうな様子の望とリノアの姿を視野に納めた徹の顔は、不安をより浮き彫りにしている。

徹は今回、複数のギルド、プレイヤーと遭遇することに備えて、契約している精霊『シルフィ』の力によって、姿を消していた。

『シルフィ』は、音の遮断以外にも、その気になれば気配遮断、魔力探知不可まで行うことができる。

その分、魔力消耗は激しいが、徹自身も現時点で複数のプレイヤーとやり合うのは避けたかった。


『蜜風望の監視を継続的に任されたけれど、紘はこの展開を予測していたのかもな』


紘から告げられた言葉を思い返して、徹は考え込む仕草をした。

徹が警戒するように周囲を見渡すと、いつの間にか、『レギオン』のギルドメンバーであろう者達が第四十九層のフロアの入口に配置されている。

メンバー全員、気配を消していたためか、徹はこの時まで背後にいた彼らの存在に気づかなかった。


『ーーっ』


目の前の不穏な光景に、徹の背中を嫌な汗が流れる。

しかし、姿を消している徹の存在には気づかずに、彼らは強固な防衛線を築き上げていた。

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