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留菜マナ
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第百六十六話 君に叶わぬ恋をしている②

公開日時: 2021年3月3日(水) 16:30
文字数:1,700

「わーい! マスカットに戻ってきたよ!」


湖畔の街、マスカットに戻ってきていることを確認すると、花音は嬉しそうにはにかんだ。

プラネットは居住まいを正して、真剣な表情で尋ねる。


「マスター、ギルドには一度、戻られるのですか?」

「……あ、ああ」

「うん。今日はもう一つ、ダンジョンの調査をするかもしれないんだよね」


望が言い繕うのを見て、花音は追随するようにこくりと首を縦に振った。

有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並み自体は、今朝とさほど変わらない。

NPCである店員が、店内を切り盛りしているだけで、周囲は閉散としていて人気は少なかった。

勇太は不思議そうに、街中へと視線を巡らせる。


「この街には、他にギルドはないのか?」

「うん。オリジナル版でもプロトタイプ版でも、私達のギルドだけなの。前はあったんだけど、他のギルドは公式リニューアル前に辞めたり、利便性を考えて別の街に移転したんだよ」


勇太の問いに、花音は人懐っこそうな笑みを浮かべて答えた。


「妹よ。『シャングリ・ラの鍾乳洞』の後に赴くダンジョンを把握しておきたいし、そろそろギルドに戻るぞ」

「うん」


有が咄嗟にそう言って表情を切り替えると、花音は嬉しそうに応じる。

望達はギルド内へと歩を進めた。


「ただいま、お父さん、お母さん!」

「花音、お帰り」

「有に頼まれていた条件のダンジョン、いくつか探しておいたよ」


望達がギルドに入ると、有の両親がインターフェースを使って、ダンジョンの情報を散見していた。


「わーい! 次はどんなダンジョンなのか、楽しみだよ!」


有の母親の言葉に、花音は嬉しそうに跳び跳ねた。

望はそこで、有が意図する所に気がつく。


「もしかして、『シャングリ・ラの鍾乳洞』の近場にあるダンジョンに向かうのか?」

「ああ。少しでも、転送石を購入した際の費用を取り戻したいからな。『シャングリ・ラの鍾乳洞』の近場にある簡単なダンジョンを探してもらっている」


有の母親は軽い調子で指を横に振り、望達の目の前に幾つかのダンジョン名を可視化させた。


洞窟、塔、遺跡、森。


様々な種類のダンジョンが表示されている。

その中で、望は不可思議なクエストに気づき、目を瞬かせた。


「『サンクチュアリの天空牢』?」

「マスター、こちらは中級者用ダンジョンになります。『サンクチュアリの天空牢』は、『シャングリ・ラの鍾乳洞』の上空にある浮き島です」


望の質問に、プラネットは律儀に答えた。


『サンクチュアリの天空牢』。

クエスト内容は、『シャングリ・ラの鍾乳洞』の上空にある、浮き島の牢獄に閉じ込められているNPCの少女を救出するというシンプルなものだ。

浮き島は基本、ペンギン男爵が作成したマップ通りに進んでいけば、牢獄までたどり着くことができるだろう。

だが、初めて見る名前であり、オリジナル版では存在していなかったことから、プロトタイプ版で新たに作成されたダンジョンであることが示唆される。


新たな中級者用ダンジョンーー。


そんな中、居ても立ってもいられなくなったのか、花音が攻撃する際の身振り手振りを加えながら飛び跳ねた。


「プラネットちゃん、『サンクチュアリの天空牢』って、どんな場所なのかな? どんなモンスターが現れても、私の天賦のスキルで倒してみせるよ!」

「花音。今回は、あくまでもダンジョンの調査だけだ。ただひたすら、浮き島周辺を調べてくれ」


花音が自信満々で告げると、奏良は呆れたように有に目配りする。

有はそれに応えるように、インターフェースを操作して、『サンクチュアリの天空牢』の攻略情報を表示させた。


「妹よ。残念だが、奏良の言うとおり、今回は浮き島の調査が目的だ。モンスターが現れた時のみ、戦闘を行うつもりだぞ」

「……そ、そうなんだね」


自身のアイデンティティーを否定されて、花音は落胆する。


「だが、念のために購入していた『飛行アイテム』を生かせるダンジョンだな」

「お兄ちゃん。『サンクチュアリの天空牢』に行くためには、『シャングリ・ラの鍾乳洞』の調査が終わった後、そのまま上空に飛べばいいんだよね」

「その通りだ、妹よ」


喜び勇んだ妹の意を汲むように、有は自身の考えを纏めた。

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