兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第百七十一話 君に叶わぬ恋をしている⑦

公開日時: 2021年3月8日(月) 16:30
文字数:1,695

「なっ!」

「……なっ」


望の驚愕は、賢があっさりと勇太の一撃を防いだことによるものではない。

望が息を呑んだ理由ーーそれは、リノアが賢と共に目の前に現れたからだ。


「柏原勇太くん、素晴らしい圧だな」


その静かな言葉とともに、賢は小さな音を響かせて剣を下段に構える。

勇太は、大剣を構え直すと必死に叫んだ。


「リノアを元に戻せ!」

「それはできないな。美羅様には、彼女の器が必要だ」


勇太の訴えを、賢はつまらなそうに一蹴する。


「だったら、リノアを取り戻す!」

「……愚かな」


勇太の即座の切り返しに、賢は落胆したようにため息をつく。


「喰らえ!」

「……くっ」


勇太の大剣との賢の剣のつばぜり合いは一瞬で終わり、カキンと高い音を響かせて離れた二人は、そこから脅威的な剣戟の応酬を見せた。

先程の速度をさらに越える瞬発。

迷いのない美しい賢の一刀に、勇太はぎりぎりのところで大剣を受ける。

剣と大剣がぶつかり合う度に散る、互いのHP。


『フェイタル・レジェンド!』

「ーーっ」


勇太が放った天賦のスキルによる大技は、賢の距離が極端に離れたことで対応された。


「すごいな」

「すごいね」


高度で複雑な剣閃の応酬。

望とリノアは思わず、驚嘆のため息を吐く。


「相変わらず、君の剣技は素晴らしいな」


強敵を前にした高揚感と満足感。

爽やかな喜びを全面に出した賢と対照的に、勇太は沈黙を貫いた。

不満そうな勇太の様子に尻目に、賢は不意に遠くを見遣るようにして剣を一振りする。


「だが、残念ながら素晴らしいだけだ」

「ーーーーっ」


その言葉が再び、勇太の心に火を点ける。

露骨な敵意と同時に、勇太は一足飛びに賢との距離を詰めた。


「はあっ!」


裂帛の気合いとともに放たれた大剣の一閃に、賢は易々と対応する。


「……っ!?」


勇太が走らせた瞬間の感情に、状況は明白になった。


賢が、勇太を押しているーー。


その厳然たる事実は、徐々にHPにも現れていった。


「「勇太くん!」」


望とリノアの声に応えるように、勇太は何度も立ち向かっていく。

賢による蹂躙とも呼べる絶対的強者の振る舞い。

勇太が振るう剣戟は、ことごとく賢に弾き返される。


「ま、まだだーー」


勇太は荒い呼吸を無理やり切って、賢の元に向かおうとした。


「勇太くん!」


しかし、そのまま倒れそうになった勇太を、すんでのところでリノアの両親が支える。


「リノアを助けないと……」


息も絶え絶えの勇太は、血の気の引いた顔を懸命に奮い立たせた。

その健気さが、リノアの両親の胸を打つ。


『アーク・ライト!』

「……っ!」


リノアの父親は光の魔術を使って、勇太の体力を回復させる。


『お願い、ジズ! 彼に力を与えて!』


それと同時にリノアの母親も、自身の召喚のスキルで小さな精霊を呼び出し、勇太の攻撃力を上げた。


「勇太くん。私達も、リノアを救うことに協力させてほしい」

「リノアを助けたいの」

「おじさん、おばさん、ありがとうな」


リノアの両親の懇願に、勇太は嬉しそうに承諾した。


「行くぜ!」

「ああ」

「ええ」


勇太は大剣を振り上げて、リノアの両親とともに賢達に立ち向かっていった。


「絶対にリノアを救ってみせる!」

「何とかして、ここからリノアを救い出さないといけないな」

「何とかして、ここから私を救い出さないといけない」


圧倒されながらも立ち向かっていく、勇太達の強い気概。

その理由を慎重に見定めて、望とリノアはつぶやいた。


「このまま、見過ごせない。だけど、俺が攻撃をすれば、彼女の座標を変えられてしまうだろうな」

「このまま、見過ごせない。だけど、私が攻撃をすれば、私の座標を変えられてしまう」


望とリノアは戦局を見据えながら、漠然と消しようもない不安を感じていた。


「とにかく、それでも勇太くんを助けないと!」

「とにかく、それでも勇太くんを助けたい!」


だが、望とリノアは不安を振り払うように、勇太達の加勢へと向かう。


「蜜風望と柏原勇太達は、私とかなめで相手をしよう。君達は、他のメンバー達の対処と援護を頼む」

「はい」


望とリノアが自身の元に向かってくるのを目にして、賢はすぐにその決断を下した。

その言葉を合図に、『カーラ』のギルドメンバー達はそれぞれの武器を構えた有達と対峙した。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート