徹達はギルドホームの二階に上がると、会議に使う一室へと入る。
テーブルには人数分の紅茶が並べられており、中央には三段重ねのスタンドが置かれ、スイーツが載っていた。
「わーい! すごく美味しそうだよ!」
豪華なスイーツを前にして、花音は屈託のない笑顔で歓声を上げた。
望達がそれぞれ席に座ると、徹が率先して紅茶とスイーツを口に運ぶ。
それに倣って、望達もカップを持つ。
「ゲーム内で、ここまでスイーツと紅茶の味を再現できるのはすごいよ!」
高価な嗜好品であるスイーツーーそのままの味に感動した花音が、両手を広げて喜び勇んだ。
『アルティメット・ハーヴェスト』で味わうスイーツと紅茶は、オリジナル版と同様に、現実のものとさほど変わらないほどの再現度である。
カップを置いた奏良は、心を落ち着けるように話を切り出した。
「そもそも、君達が管轄しているクエストは、安全なのか?」
「紹介出来そうなクエストは、いくつか用意しているよ。ただ、『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達が提示したクエストの中で、比較的に安全が保証されているものを選んでいるから、少し物足りないものになっている」
奏良の要求に、徹は素っ気なく答える。
「安全が保証されているクエスト。つまり、上級者クエストは外してあるということか」
「それと『レギオン』と『カーラ』の管轄内にあるクエストもな」
有の確信に近い推察に、徹は肯定の意を込めて頷いた。
「これからは、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』のような難しいクエストには行けないのかな」
紹介出来そうなクエストは、安全が保証されている低クエストばかりを集めている。
紘達の魂胆を見抜き、花音は不満そうに唸る。
「有、これからどうするつもりだ?」
奏良が促すと、有の表情に明確な硬さがよぎった。
「奏良よ。ひとまず、この世界を知るためにも、簡単なクエストから受けてみるつもりだ」
「はい。危険が少ないクエストでしたら、『レギオン』と『カーラ』の思惑であるマスターの特殊スキルを使うことは少ないと判断します」
有の言葉に捕捉するように、プラネットは徹から提示されているクエストを的確に確認しながら言う。
紅茶を飲んで喉を湿すと、徹は改めて切り出した。
「そのことで、俺から提案があるんだ」
「提案?」
徹の意外な発言に、望は怪訝そうに首を傾げる。
「これからクエストに行く際には、俺も協力させてほしい」
予想外な徹の申し出に、望は目を瞬かせた。
「徹も、俺達がクエストを受ける際には同行するのか?」
「ああ。俺達が、望と愛梨を守るためには、それしか方法が思いつかないからな。もし、電磁波の攻撃を受けたら、シルフィが護ってくれるはずだ」
とらえどころのない空気を固形化させる望の問いに、徹はここぞとばかりに宣言する。
緑色の光を身に纏った人型の精霊。
妖精達とさほど変わらない体躯の精霊シルフィは、主である徹の意思を汲んだように、望のもとに歩み寄った。
「シルフィ、よろしくな」
「電磁波、防ぐの」
望は、自身の周りを浮遊するシルフィを見つめる。
シルフィは、音の遮断以外にも、その気になれば気配遮断、魔力探知不可まで行うことができた。
まあ、俺はいつも、望達のクエストに何かしらのかたちで関わっているしなーー。
徹は気持ちを切り替えるように一呼吸置くと、シルフィに今後のことを指示する。
「シルフィ、クエストの時は頼むな」
「うん」
徹の指示に、シルフィは呼応する。
周囲に視線を巡らせていた花音は、興味津々の様子で徹のもとを訪れると甘く涼やかな声で訊いた。
「徹くん。これからは、愛梨ちゃんのお兄さんも、私達と一緒に戦ってくれるのかな?」
「いや、そこまでは聞いていないな」
「じゃあ、私達が危機に陥ったら、徹くんの代わりに愛梨ちゃんのお兄さん達が助けてくれるかもしれないね」
徹の答えに、花音はあまり冗談には思えない顔で言って控えめに笑う。
「そうですね」
プラネットが憂いを帯びた眼差しで頷いた途端、突如、部屋の外の空気が変貌した。
「紘様、こちらになります」
部屋の前に控えていたプレイヤー達が、紘に対して一斉に恭しく礼をする。
プレイヤーの一人が慇懃にドアを開けると、紘は望達が待ち構えていた部屋へと入った。
「待たせてすまない」
望は顔を片手で覆い、深いため息をつくと、状況の苛烈さに参ってきた神経を奮い立たせるようにして口を開いた。
「……椎音紘」
「蜜風望、久しぶりだな。もっとも、愛梨としては、何度も会ってはいるが」
紘は有達のことなど眼中にないように、望だけを見ていた。
柔和な表情。
だが、瞳の奥には確かな陰りがある。
有は席を立ち、前に進み出ると、不穏な空気を吹き飛ばすように口火を切った。
「椎音紘よ。徹の話からして、俺達がここに来た理由も知っているようだな」
有の鋭い問いに、紘はようやく有達に視線を向ける。
「クエストの紹介の件、そして、久遠リノアを救う手段についてだったな」
「ああ」
有はそう答えたが、全てを見抜いている紘の発言に不信と戸惑いの色を隠せなかった。
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