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留菜マナ
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第七十三話 蒼星の廃景③

公開日時: 2020年12月8日(火) 07:00
文字数:2,735

「くっ!」


望は先導しながら、目の前に迫ってくる空を飛ぶ魚のモンスター達を屠っていった。


「やっぱり、出てくるモンスター全てが、空を飛んでいるとやりにくいな」


望は標的を切り替え、剣を構え直す。

狙うべきは、残りの数匹のモンスターだったのだが、望を飛び越えるようにヒレを羽ばたかせ、噴水へと戻っていく。


「貫け、『エアリアル・アロー!』」


奏良が唱えると、無数の風の矢が一斉に逃げようとしていたモンスター達へと襲いかかる。

モンスター達は地面に伏すと、ヒレを動かしながら消えていった。


「よし、行くよ!」


花音は身を翻しながら、鞭を振るい、周囲の空を飛ぶモンスター達を翻弄する。

状況の苛烈さから逃走しようとしたモンスター達を畳み掛けるように、杖を構えた有は一歩足を踏み出した。


『元素還元!』


有は、木の枝へと避難したモンスター達を牽制するように杖を振り下ろす。

有の杖が木に触れた途端、とてつもない衝撃が周囲を襲った。

木の一つが、まるで蛍火のようなほの明るい光を撒き散らし、崩れ落ちるように消滅したのだ。

木が消えたことで、支えを失ったモンスター達は次々と地面へと落ちていく。


「逃がしません!」


プラネットは吹っ切れた言葉ともに、両拳を落ちてきたモンスター達に叩きつけた。

それと同時に高濃度のプラズマが走り、爆音が響き渡る。

煙が晴れると、モンスター達は全て、焼き尽くされたように消滅していった。


「俺の出番、なかったな」


あっさりと魚のモンスター達を全滅させてみせた望達の姿を見て、徹は感嘆の吐息を漏らす。

モンスター達の襲撃の後、有は改めて、口火を切った。


「鶫原徹よ。『カーラ』が出してきたクエストについての話をしたい」

「……分かっているよ」


状況説明を欲する有の言葉を受けて、徹はもはや諦めたように続ける。


「だけど、ここじゃ目立つから、詳しい話は別の場所でするからな」

「ああ」


徹の提案に、有は納得したように視線を周囲に飛ばす。


「あいつら、『カーラ』の新入りなのか。噴水の前で、召喚獣による模擬戦をしていたぞ」

「そうじゃないの。ほら、あの白いフードって、『カーラ』のギルドメンバーの証じゃん」


そこには、望達の戦闘を見ていた他のプレイヤー達が和気藹々と語り合っていた。

やがて、彼らは、望達が戦ったモンスターの情報や、『カーラ』の模擬戦についての噂、あるいは現実での話を持ち込み、会話に花を咲かせる。


「『カーラ』の影響力は強いんだな」


周囲の予想外の反応に、望は複雑そうな表情で視線を落とすと、熟考するように口を閉じる。

有の作戦が功を奏したのか、望達は、他のプレイヤー達から『カーラ』のギルドに入ったばかりの新人だと思われていた。

奏良は思案するように、噴水広場へと視線を巡らせた。


「『カーラ』では、召喚獣の模擬戦がおこなわれているのか?」

「ああ。『カーラ』は、召喚のスキルの使い手が多いからな。『カーラ』に入ったばかりのプレイヤーには、召喚したモンスターに慣れさせるために、定期的に街中でモンスターによる模擬戦がおこなわれているんだ」

「そうなんだな」


徹の説明に、望は呆気に取られる。

恐らく、街中にモンスターが出現しても、戦闘対象は『カーラ』のギルドメンバーのみで、基本的に人的被害はないのだろう。


「とにかく、ここから離れるぞ!」

「ああ」


徹に案内されて、望達は早速、噴水広場を出て、紫水晶通りへと向かう。

メリーゴーランドやパレードで見られるカボチャの馬車に、箒に乗っている魔女のような格好をした魔術のスキルの使い手達。

それは、空想の物語に迷い込んでしまったような錯覚を起こしてしまう光景だった。


「まるで、絵本の中の世界に来たみたいだよ」


花音は感慨深げに、周りを見渡しながらつぶやいた。

徹に案内された場所は、街の片隅にある食事処だった。

店内には、丸い粗雑な作りの木製テーブルが点々と規則なく並んでいた。

食事処で話をするのもどうかと考えたが、客先はまばらで人気は少なく、望達の話に耳を傾ける者はいなかった。


「ご注文はお決まりでしょうか?」


望達が席に着いてしばらくメニューを見ていると、NPCの店員が注文を聞いてくる。


「どうするかな」


望が思い悩んでいると、腕を組んだ有はとんでもないことを口にした。


「よし、魚モンスターを討伐した記念に、魚料理のフルコースにするぞ!」

「お兄ちゃん、私も魚料理にするー!」

「魚料理のフルコース!?」


有と花音の突拍子のない注文を聞いて、望は呆気に取られてしまう。


「お待たせ致しました」

「お兄ちゃん、すごく美味しそうだよ!」


やがて、注文した料理が全て並べられると、花音が両手を前に出して、水を得た魚のように目を輝かせる。

その様子を傍目に、有は早々に切り出した。


「鶫原徹よ。王都、『アルティス』は今、どうなっている?」

「それに答える前に、ここからは重要な話になるからーー『我が声に従え、シルフィ!』」


徹はそこまで告げると、自身が契約している精霊を呼び出した。

主である徹の意思を汲んだように、周囲の音がぴたりと遮断される。

外に音が漏れないように、望達の周りに見えない壁を張ったのだ。

周囲の音が聞こえなくなったことを確認すると、徹は仕切り直して続けた。


「『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドの検問前は、多くのプレイヤー達が殺到している。今は、その対応に追われているんだ」


有の疑問に答えた徹の胸に、様々な情念が去来する。


『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドホームの警護。

望達が留守にしている『キャスケット』のギルドホームの警護。

そして、クエストを提示してきた『カーラ』の動向を探る偵察。


徹は頭の中に溢れる、これからおこなわないといけない情報を整理した。

正直、やることが多すぎて、手詰まり間が否めない。


「それに、今回のクエストを受けて、複数の高位ギルドと上位ギルドが動いている。『アルティメット・ハーヴェスト』は厳戒体勢に入っているため、今回は俺も監視という名目で、おまえ達と直接、行動を共にしようと思っているんだ」

「つまり、今回、派遣されているのは、君だけなんだな。どこまで『カーラ』と渡り合えるのか、判断がつかんな」


徹の説明に、奏良は紅茶を口に含むと、疲れたように大きく息を吐いた。

複数の高位ギルドの戦力が投入されれば、『アルティメット・ハーヴェスト』は対応に困難を極めるだろう。

規格外である紘の特殊スキルによって、情勢を自由に選択することができるとはいえ、愛梨のデータの集合体である『美羅』を手に入れた『レギオン』と『カーラ』は、想定外の出来事をもたらしてくるかもしれない。


「とにかく、紘の指示どおりに動くしかないな」


徹は気持ちを切り替えるように一呼吸置くと、改めてメニュー表を眺めた。

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