兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
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第ニ百八十五話 水想の言伝⑧

公開日時: 2021年6月30日(水) 16:30
文字数:1,143

「有様。モンスター達の包囲によって、身動きが取れなくなってきています」

「プラネットよ、分かっている。徹に行き先のメッセージを送ってほしい」


モンスターに拳を振り下ろしたプラネットの戸惑いに、有は思案するように視線を巡らせる。

だが、有達の視界は既に、モンスター達によって埋め尽くされていた。


「プラネットよ、頼む」

「はい、有様」


有の指示に、プラネットは恭しく礼をする。

メッセージは、プレイヤー同士を繋ぐ通信手段だ。

プラネットが半透明のホログラフィーを表示して、徹に向けて文字を入力し、送信する。

プラネットによって、メッセージが徹へと送信される。

その手際を確認した花音は胸に抱える不安を口にした。


「お兄ちゃん、どうしたらーー」

「妹よ、分かっている。よし、この場で転送アイテムを使うぞ」


花音の悲痛な叫びに呼応するように、有は決断した。

正確には決断を強いられた。

転送アイテムを使って、遠距離へと移動する。

敵に位置を把握されるまでには、僅かに時間があるだろう。

さすがに召喚したモンスターごと、望達を追いかけてくるのは高位ギルドとはいえ、負担が大きいはずだ。

追いかけてくるのは、賢達『レギオン』のみだろう。

その前にーー新たな召喚が行われる前に攻められれば、逆転の勝利の光が見えるかもしれない。

だが、逆に新たな召喚が行われてしまえば、望達には手の打ちようがない。


「よし、この場から離脱するぞ」

「うん、勇太くん達も早く!」

「まあ、『アルティメット・ハーヴェスト』は僕達が離れたと分かれば、すぐに追いかけてくるだろうからな」


有の指示に、花音が勇太達に声をかけ、奏良は渋い顔で承諾した。


「おじさん、おばさん、行くぜ!」

「ああ。このままではジリ貧だ。一旦、体勢を立て直そう」

「ええ」


勇太は大剣を柄に戻すと、リノアの両親とともに望達のもとを目指して駆け出した。

全員揃った望達が転送アイテムを掲げた有の傍に立つと、地面にうっすらと円の模様が刻まれる。

望達が気づいた時には視界が切り替わり、『ネメシス』のダンジョンの前にいた。


「わーい! 『ネメシス』のダンジョンに来たよ!」


『ネメシス』のダンジョンの前に来ていることを確認すると、花音は嬉しそうにはにかんだ。


「妹よ、喜んでいる場合ではない。『レギオン』が来たら再び、転送アイテムを使うぞ」

「えっ? 転送アイテムを?」


有の思惑が分からず、花音は小首を傾げる。


「相手も即座に、転送アイテムを使ってくるはずだ。そうすれば再び、新たなモンスターを召喚され、光の加護が付与されるだろう。そうなる前に、転送アイテムを使って離脱する」


有による、『レギオン』とのいたちごっこになる可能性を視野に入れた決断。

転送アイテムを使わなくては状況を打破できない、という思い込みを誘発した作戦だった。

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