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留菜マナ
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第百四十六話 未完成エトワール⑥

公開日時: 2021年2月11日(木) 16:30
文字数:1,681

有と対峙する紘に向かって、花音は咄嗟に声をかけた。


「ねえ……。愛梨ちゃん、大丈夫かな?」

「愛梨のことは、叔父と叔母に守ってくれるように頼んでいる」


紘のその反応を聞いて、花音の背筋に冷たいものが走る。

意味は分かるのに、意味を成さない言葉。

花音は意を決したように、先程とは違う別の疑問を口にした。


「望くんから聞いたけれど、愛梨ちゃんの時間、元に戻ったんだよね?」

「愛梨の時間は、元に戻っている。だが、これからはゲーム内で愛梨と入れ替わることは控えてほしい。愛梨の特殊スキルを狙う者達への考慮、そして、久遠リノアとのシンクロによって、美羅の真なる力が覚醒してしまう恐れがあるからな」


長い沈黙を挟んだ後で、紘は淡々と答える。

先程と同じく、意味は分かるのに、意味を成さない言葉。

不信感を抱いたまま、花音は決まり悪そうに意識して表情を険しくした。


「椎音紘よ。まるで、リノアが望と愛梨の特殊スキルを使うことで、美羅の真なる力が発動してしまうような言い方だな」


押し黙ってしまった花音の代わりに、席に着いた有は核心に迫る疑問を口にする。

望と愛梨の特殊スキルによる現象については、続く紘の説明で徐々に具体性を帯びてきた。


「ああ、その通りだ。既に織(し)っている。私の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』によってな」

「『強制同調(エーテリオン)』。愛梨をいつも守ってくれている力……」


望のつぶやきに、紘は表情の端々に自信に満ちた笑みをほとばしらせる。

それが答えだった。

奏良はそれでも納得できない様子で、疑問を投げかけた。


「望と愛梨、二人とシンクロすることで、美羅は真なる力を発動する。だが、あなたも特殊スキルの使い手のはずだ。『レギオン』と『カーラ』は何故、望と愛梨だけに、美羅とシンクロさせようとするんだ?」

「私達が特殊スキルの使い手として選ばれたのは、『創世のアクリア』のプロトタイプ版の開発者である二組の兄妹に近い存在だったからだ。そして、蜜風望と愛梨は、吉乃美羅にもっとも近い存在でもある」

「ーーっ」


驚きを禁じ得ない紘の発言に、望達は二の句を告げなくなってしまってしまう。

望は一呼吸置くと、戸惑いながらも尋ねる。


「近い存在……?」

「彼らの性格に近いということだ。とりわけ、君と愛梨は、究極のスキルの要となった『吉乃美羅』にもっとも性格が近い」


紘は席に座ると、あくまでも事実として突きつけてきた。


「椎音紘よ。『レギオン』と『カーラ』が敬っている『美羅』とは何者だ?」


そう問いかけてきた有をまっすぐに射貫くと、紘は静かな声音で真実を告げる。


「美羅は『レギオン』の者達が産み出した、愛梨と吉乃美羅のデータを合わせ持つ『救世の女神』ともいうべき存在だ。特殊スキルの使い手である蜜風望と愛梨にシンクロさせることによって、実際の人間と同化させられるところまで進化を果たしている」

「進化……?」


どうしようもなく不安を煽るそのフレーズに、望は焦りと焦燥感を抑えることができなかった。


「今の美羅は、人智を超えた成長を遂げる『究極のスキル』そのものであり、時には特殊スキルの使い手である私達の力を超えるほどの絶対的な力を持っているということだ」

「ーーっ」


その紘の言葉を聞いた瞬間、望達は息を呑んだ。

どこまでも激しく降る雨が、望達の脳内で弾ける。


紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』。

それは過去、現在、未来、全てを見据えた上で、未来へと導いていく力だ。

規格外である紘の特殊スキルによって、『アルティメット・ハーヴェスト』は様々な情勢を自由に選択することができる。

その力を用いれば、望を美羅に遭遇させないようにすることも出来たはずだ。

しかし、望と美羅は、『レギオン』と『カーラ』によって作為的に引き合わされている。

つまり、美羅の力によって引き起こされた出来事は、如何に特殊スキルの使い手であっても覆すことは厳しいということだ。

現実世界での異常な現象。

突然の強制ログアウトによる、『創世のアクリア』のオリジナル版の完全なサービス停止。

それらは全て、美羅の力のよって引き起こされたものだった。

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