有は前に進み出ると、不穏な空気を吹き飛ばすように口火を切った。
「吉乃かなめの兄である、吉乃(よしの)信也(しんや)。そして、彼らの従兄弟であり、今は亡き、もう一組の兄妹、吉乃(よしの)一毅(かずき)、吉乃(よしの)美羅(みら)。彼らが、プロトタイプ版を売り込んだことで、『創世のアクリア』の開発が始まったようだ」
「つまり、今まで『レギオン』と『カーラ』による大規模な計画が秘匿出来ていたのは、開発者である特典を生かしていたからか」
有から開発者の顛末を聞き、望は痛ましげな表情を見せる。
「運営は、プライバシー保護制度を設けていたけれど、『レギオン』と『カーラ』、そして特殊スキルが使える椎音紘達、『アルティメット・ハーヴェスト』に対しては、その役目を果たせていなかった」
「開発者達である『レギオン』と『カーラ』の暗躍、そして、運営そのものも『アルティメット・ハーヴェスト』の実権にある。今まで、ゲーム内の秘匿情報や彼らが引き起こした不正などが、現実に漏れず、プレイヤー間のやり取りにさえ行き渡らなかったのはそのせいか」
望の懸念を捕捉するように、奏良は苦々しい表情を浮かべた。
「お兄ちゃん。愛梨ちゃんのお兄さんは、どうして真実を隠していたのかな?」
花音が戸惑ったように訊くと、有は顎に手を当てて、真剣な表情で思案する。
「妹よ。椎音紘は、愛梨を生き返させるために、俺達に脅迫紛いのことをしたり、監視したりと、幾度も強硬手段に及んでいた。愛梨を護るためにも、真実が暴かれることを避けたかったのかもしれないな」
「愛梨を護るためには、必要な行為なのだろう。だが、実際には、かなり行き過ぎた行動だったと僕は思う」
有の思慮に、奏良は複雑そうな表情で視線を落とす。
紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』。
それは過去、現在、未来、全てを見据えた上で、未来へと導いていく力だ。
もし、特殊スキルの力を持ち合わせていなければ、紘達も恐らく、警察に身柄を確保され、事情聴取を受けていただろう。
「椎音紘は、あの時、愛梨を護れなかったことを後悔しているのかもしれないな」
有の説明を聞いて、望は疑問だらけの脳内を整理する。
半年前ーー。
愛梨が死んだのは、愛梨の両親の離婚が原因だった。
そして、椎音紘と徹は、彼女を護ることができなかったことを今も悔いている。
「本来なら、望と同じように、特殊スキルの効力は失われ始めているはずだ。だが、椎音紘達、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達に、警察の調査が入ったという情報は流れていない」
「奏良よ。恐らく、椎音紘は、何らかの方法でプロトタイプ版のコピーを手に入れている可能性があるな」
奏良の言及に、有は落ち着いた口調で答える。
「お兄ちゃん。それって、愛梨ちゃんのお兄さんは、『創世のアクリア』のプロトタイプ版のコピーを持っているの?」
有の言葉に反応して、花音がとらえどころのない空気を固形化させる疑問を口にした。
「妹よ、恐らく、そうだろう。その上で、俺達が愛梨に接触することを待っている節がある」
初めて出会った時のことを想起させるような状況に、有は切羽詰まったような声で告げる。
「開発者達である『レギオン』と『カーラ』も、何らかの方法で、美羅と同化したリノアを『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせているのだろう」
有は一息つくと、事態の重さを噛みしめる。
そこで、『創世のアクリア』の世界の真実に纏わる話は、一先ず終わりを告げた。
「とにかく、望、奏良、妹よ。今すぐ、小鳥の家に行くぞ!」
テレビ内の一連の騒動を改めて見て、有はすぐにその決断を下した。
「有。君は人使いが荒い上に、全く効率的ではない。そもそも、外は美羅を崇める人々で溢れ返っている。美羅とシンクロできる望を、狙ってこないとも限らない」
有の提案に、奏良は懐疑的である。
だが、それでもこの状況を打破するためには、それしかないと奏良は悟った。
既に、世界規模で、『レギオン』と『カーラ』の企みが社会の中枢にまで食い込んできていたからだ。
一刻の猶予もならない状況の中、望の胸に様々な情念が去来する。
愛梨と接触するために、小鳥に会いにいかなくてはならない。
愛梨を救うために、『創世のアクリア』のプロトタイプ版のコピーを使って、ゲーム内に再び、ログインする。
そして、『創世のアクリア』のプロトタイプの開発者達の暗躍に備える必要がある。
望は頭の中に溢れる、これからおこなわないといけない情報を整理した。
正直、やることが多すぎて、手詰まり間が否めない。
「それにしても、吉乃美羅か」
複雑な心境を抱いたまま、望は『創世のアクリア』のプロトタイプ版の詳細を改めて見る。
『レギオン』と『カーラ』が崇め敬う、『美羅』と同じ名前の女性。
偶然にしては出来すぎている気がした。
「望、奏良、妹よ。小鳥の家に行くぞ!」
「ああ」
「うん」
「愛梨を救ってみせる」
望達は有の母親に後を託して、小鳥の家へと向かう。
激化していく状況。
ついに、現実世界でも動き出した救世の女神。
そして、『創世のアクリア』のプロトタイプ版の存在。
様々な思いが交錯する中、世界全体を揺るがす戦いへ向け、望達は少しずつ歩み始めたのだった。
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