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留菜マナ
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第百ニ十六話 消えないで、愛の灯③

公開日時: 2021年1月22日(金) 16:30
文字数:2,128

有は前に進み出ると、不穏な空気を吹き飛ばすように口火を切った。


「吉乃かなめの兄である、吉乃(よしの)信也(しんや)。そして、彼らの従兄弟であり、今は亡き、もう一組の兄妹、吉乃(よしの)一毅(かずき)、吉乃(よしの)美羅(みら)。彼らが、プロトタイプ版を売り込んだことで、『創世のアクリア』の開発が始まったようだ」

「つまり、今まで『レギオン』と『カーラ』による大規模な計画が秘匿出来ていたのは、開発者である特典を生かしていたからか」


有から開発者の顛末を聞き、望は痛ましげな表情を見せる。


「運営は、プライバシー保護制度を設けていたけれど、『レギオン』と『カーラ』、そして特殊スキルが使える椎音紘達、『アルティメット・ハーヴェスト』に対しては、その役目を果たせていなかった」

「開発者達である『レギオン』と『カーラ』の暗躍、そして、運営そのものも『アルティメット・ハーヴェスト』の実権にある。今まで、ゲーム内の秘匿情報や彼らが引き起こした不正などが、現実に漏れず、プレイヤー間のやり取りにさえ行き渡らなかったのはそのせいか」


望の懸念を捕捉するように、奏良は苦々しい表情を浮かべた。


「お兄ちゃん。愛梨ちゃんのお兄さんは、どうして真実を隠していたのかな?」


花音が戸惑ったように訊くと、有は顎に手を当てて、真剣な表情で思案する。


「妹よ。椎音紘は、愛梨を生き返させるために、俺達に脅迫紛いのことをしたり、監視したりと、幾度も強硬手段に及んでいた。愛梨を護るためにも、真実が暴かれることを避けたかったのかもしれないな」

「愛梨を護るためには、必要な行為なのだろう。だが、実際には、かなり行き過ぎた行動だったと僕は思う」


有の思慮に、奏良は複雑そうな表情で視線を落とす。

紘の特殊スキル、『強制同調(エーテリオン)』。

それは過去、現在、未来、全てを見据えた上で、未来へと導いていく力だ。

もし、特殊スキルの力を持ち合わせていなければ、紘達も恐らく、警察に身柄を確保され、事情聴取を受けていただろう。


「椎音紘は、あの時、愛梨を護れなかったことを後悔しているのかもしれないな」


有の説明を聞いて、望は疑問だらけの脳内を整理する。


半年前ーー。

愛梨が死んだのは、愛梨の両親の離婚が原因だった。

そして、椎音紘と徹は、彼女を護ることができなかったことを今も悔いている。


「本来なら、望と同じように、特殊スキルの効力は失われ始めているはずだ。だが、椎音紘達、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達に、警察の調査が入ったという情報は流れていない」

「奏良よ。恐らく、椎音紘は、何らかの方法でプロトタイプ版のコピーを手に入れている可能性があるな」


奏良の言及に、有は落ち着いた口調で答える。


「お兄ちゃん。それって、愛梨ちゃんのお兄さんは、『創世のアクリア』のプロトタイプ版のコピーを持っているの?」


有の言葉に反応して、花音がとらえどころのない空気を固形化させる疑問を口にした。


「妹よ、恐らく、そうだろう。その上で、俺達が愛梨に接触することを待っている節がある」


初めて出会った時のことを想起させるような状況に、有は切羽詰まったような声で告げる。


「開発者達である『レギオン』と『カーラ』も、何らかの方法で、美羅と同化したリノアを『創世のアクリア』のプロトタイプ版にログインさせているのだろう」


有は一息つくと、事態の重さを噛みしめる。

そこで、『創世のアクリア』の世界の真実に纏わる話は、一先ず終わりを告げた。


「とにかく、望、奏良、妹よ。今すぐ、小鳥の家に行くぞ!」


テレビ内の一連の騒動を改めて見て、有はすぐにその決断を下した。


「有。君は人使いが荒い上に、全く効率的ではない。そもそも、外は美羅を崇める人々で溢れ返っている。美羅とシンクロできる望を、狙ってこないとも限らない」


有の提案に、奏良は懐疑的である。

だが、それでもこの状況を打破するためには、それしかないと奏良は悟った。

既に、世界規模で、『レギオン』と『カーラ』の企みが社会の中枢にまで食い込んできていたからだ。

一刻の猶予もならない状況の中、望の胸に様々な情念が去来する。


愛梨と接触するために、小鳥に会いにいかなくてはならない。

愛梨を救うために、『創世のアクリア』のプロトタイプ版のコピーを使って、ゲーム内に再び、ログインする。

そして、『創世のアクリア』のプロトタイプの開発者達の暗躍に備える必要がある。


望は頭の中に溢れる、これからおこなわないといけない情報を整理した。

正直、やることが多すぎて、手詰まり間が否めない。


「それにしても、吉乃美羅か」


複雑な心境を抱いたまま、望は『創世のアクリア』のプロトタイプ版の詳細を改めて見る。

『レギオン』と『カーラ』が崇め敬う、『美羅』と同じ名前の女性。

偶然にしては出来すぎている気がした。


「望、奏良、妹よ。小鳥の家に行くぞ!」

「ああ」

「うん」

「愛梨を救ってみせる」


望達は有の母親に後を託して、小鳥の家へと向かう。


激化していく状況。

ついに、現実世界でも動き出した救世の女神。

そして、『創世のアクリア』のプロトタイプ版の存在。

様々な思いが交錯する中、世界全体を揺るがす戦いへ向け、望達は少しずつ歩み始めたのだった。

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