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留菜マナ
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第百八十三話 蝶のクレードル③

公開日時: 2021年3月20日(土) 16:30
文字数:1,840

「……今回は手強かったな」


徹は先程の戦闘中に、魔術のスキルの使い手達の防壁を崩すことが出来なかった事を悔やんでいた。

だが、転送アイテムなどを使用不可能にする魔術を練り上げていた『カーラ』のギルドメンバーの魔術のスキルの使い手達もまた、賢達と共に撤退している。

そのため、今は通常どおり、転送アイテムなどの使用が出来る状態になっていた。

それらを確認している途中で、上空の索敵に赴いていたイリスから連絡が入った。


『徹様、『サンクチュアリの天空牢』への調査は、安全を確認されてからの方がよろしいと思われます』

「分かった。このまま、ダンジョンの危険の有無の確認を頼むな」

『了解しました』


徹は通信を切り、神妙な面持ちで上空を眺めた。


「よし、望、奏良、プラネット、徹、勇太、リノア、そして妹よ。ギルドに戻るぞ!」

「うん!」

「まあ、今、『サンクチュアリの天空牢』のダンジョンに行くのは危険だからな」


有の指示に、花音が頷き、奏良は渋い顔で承諾した。

望達が転送石を掲げた有の傍に立つと、地面にうっすらと円の模様が刻まれる。

望達が気づいた時には視界が切り替わり、『キャスケット』のギルドホームの前にいた。


「わーい! マスカットに戻ってきたよ!」


湖畔の街、マスカットに戻ってきていることを確認すると、花音は嬉しそうにはにかんだ。

プラネットは居住まいを正して、真剣な表情で尋ねる。


「マスター。『レギオン』と『カーラ』の管轄内にあるダンジョン以外に、プロトタイプ版で新たに追加されたダンジョンにも注意を向ける必要性がありそうです」

「……あ、ああ。そうだな」

「……う、うん。そうだね」

「……これからも同じようなことが起こるのかな」


望とリノアが言い繕うのを見て、花音は自らの不可解な点を口にする。

周囲を警戒していた奏良は、心を落ち着けるように話を切り出した。


「そもそも、君達が管轄しているクエストは、本当に安全が保証されているのか?」

「『アルティメット・ハーヴェスト』のメンバー達が提示したクエストの中で、比較的に安全が保証されているものを選んでいる。ただ、プロトタイプ版の運営は、開発者側の『レギオン』と『カーラ』が握っているからな」


奏良の懸念に、徹は素っ気なく答える。


「運営側の権限。つまり、事前情報だけでは対応出来ないかもしれないということか」

「ああ」


有の確信に近い推察に、徹は肯定の意を込めて頷いた。


「これからは難しいクエストも、新しいクエストも避けないといけないのかな」


紹介出来そうなクエストは、さらに安全が保証されている低クエストばかりを集める。

紘達の魂胆を見抜き、花音は不満そうに唸る。


「いや、他のクエストも危険性は変わりないからな。新しいダンジョンについては、イリス達の事前調査が終わり次第、クエストを受けられるように整える。もちろん、『サンクチュアリの天空牢』のダンジョンもな」

「新しいダンジョンには行けるんだね!」


徹の発言に、花音は両手を広げて歓喜の声を上げた。

有達のギルド『キャスケット』がある、湖畔の街、マスカットの街並み自体は、今朝とさほど変わらない。

NPCである店員が、店内を切り盛りしているだけで、周囲は閉散としていて人気は少ない。


「相変わらず、この街にいるプレイヤーが、僕達だけというのはいささか複雑な心境だな」

「うん。私達、ギルドの貸し切りみたいだね」


奏良の懸念に、花音は人懐っこそうな笑みを浮かべて答える。

やがて、右手をかざした花音は、爛々とした瞳で周囲を見渡し始めた。


「でも、奏良くん、プラネットちゃん。『レギオン』と『カーラ』の人達が、また何処かに隠れているかもしれないよ!」

「はい。以前は盲点を突かれてしまいましたが、必ず見つけてみせます!」

「花音、プラネット、ありがとうな」


両手を握りしめて語り合う花音とプラネットに熱い心意気を感じて、望は少し照れたように頬を撫でてみせる。


「その前に妹よ。『シャングリ・ラの鍾乳洞』で手に入れた『氷の結晶』を把握しておきたいし、そろそろギルドに戻るぞ」

「うん」


有が咄嗟にそう言って表情を切り替えると、花音は嬉しそうに応じる。

今後の目的が定まった望達は早速、ギルド内へと足を運ぶ。


「ただいま、お父さん、お母さん!」

「有、花音」

「花音、お帰り」


花音が喜色満面でギルドに入ると、奥に控えていた有の両親は穏やかな表情を浮かべる。

アンティークな雑貨の数々と、有の母親の火の魔術のスキルで光らせている灯は、ギルド内に幻想的な雰囲気を醸し出していた。

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