兄と妹とVRMMOゲームと

留菜マナ
留菜マナ

第九十三話 この声はずっと届かない⑤

公開日時: 2020年12月20日(日) 16:30
文字数:2,739

望達がギルドの修復を見届けて、プラネットと一旦、別れてから、ログアウトした翌日。

リノアは、長期間にも及んだ美羅の器による診断を終えて、両親とともに帰宅していた。


楽園が犠牲を求めた日。


リノアの世界は間違いなく、変わってしまった。

だけど、それはリノア自身が望んだことだ。

幸せの約束された理想の世界で、人々は親の愛情を受けながら不自由ない生活を過ごす。

そこで、リノアは『救世の女神』として降臨し、世界を前途洋々の未来へと向かわせる。


「賢様!」


賢がリノアの家を訪れると、リノアは調度を蹴散らすようにして賢の傍に走り寄った。


「リノア、おめでとう。これからは、君のことを『美羅様』と呼ばなくてはならないな」

「ありがとうございます。賢様にそう呼んで頂けて光栄です」


祝賀は全て提示したと言わんばかりの賢を見上げて、リノアは熱を帯びたように顔を赤らめる。

リノアは、他の候補者達とは違い、自らが美羅になることを望んでいた。

その使命感ゆえか、リノアは他の候補者を退けて、現実世界での『美羅の器』として選ばれたのだ。

選ばれなかった少女達は、記憶を消去され、何事もなかったように家族のもとに帰される。

家族もまた、研究員達から洗脳を受けており、彼らが少女達を誘拐したという証拠は一切残らなかった。

『レギオン』にとって、美羅の器のために、少女達を攫(さら)うことは既定路線だったからだ。


「リノア、良かったな」

「リノア、おめでとう」


これ以上ない満面の笑みを浮かべて、駆け寄ってきたリノアの両親が、リノアをそっと抱き寄せた。


「うん。お父さん、お母さん、ありがとう」


顔を上げたリノアは、胸のつかえが取れたように微笑む。


「リノア。美羅様の真なる覚醒には、君の器が必要だ」


喜びに満ちあふれる家族をよそに、外見どおりの透徹した空気をまとった賢は、冷たい声でそうつぶやく。


「後は、これからも蜜風望か、椎音愛梨、どちらかを美羅様とシンクロさせるように仕向ければいい。どのような手段を用いてもな」


賢は、どうしようもなく期待に満ちた表情で、ただ事実だけを口にした。






夕闇色の空を背景に、紘と愛梨が並んで歩いていた。

駅に着いた紘達は、足早に人込みの中を歩き、近くのコンビニに立ち寄る。


「徹はまだ、来ていないみたいだな」

「……うん」


待ち合わせの相手である徹が来ていないことに気づくと、紘と愛梨はコンビニに置かれている商品に視線を巡らせる。

棚には、様々な商品が並べられていた。

食料品、雑貨などの日用品から、VRMMOゲームの最新記事が載っている雑誌もある。

店頭には、幾つものインターフェースホログラフィーが表示されていた。


「すごい……」


目の前に映し出される様々な光景に、愛梨は息を呑み、驚きを滲ませる。

今回、紘はメッセージで送られてきた内容に関して、徹と話し合うつもりだった。

本来なら、紘一人で赴く予定だったのだが、叔母が急遽、出かけることになったため、愛梨を連れ添って赴いている。

紘と愛梨がコンビニ内を散策していると、やがて、列車が到着したことを告げるアナウンスが辺りに聞こえた。


「そろそろ、徹が来る頃だな」


紘は毅然とした態度で周囲を見渡すと、携帯端末に表示された時間を確認しようとしたーーその時だった。


「紘、愛梨、遅くなってごめんな!」

「ーーーーーーっ!」


唐突に響いた少年の声と自動ドアが開く音に、愛梨は声にならない悲鳴を上げる。


「よお、愛梨!」

「…………っ」


徹の気楽な振る舞いに、愛梨は怯えたように紘の背後に隠れた。


「そうやってすぐ隠れるところは、いつまでも変わらないな」

「徹。愛梨を驚かせるな」


徹が陽気な声で言うと、紘は不服そうに眉をひそめる。

徹は仕切り直すと、興味深そうに棚に並ぶ商品を見渡した。


「なあ、愛梨。これなんか、すごくないか?」

「……あっ」


徹の薦めに、愛梨は小さく声を漏らし、棚に置かれたペンライトを見つめた。


「綺麗……」


愛梨はペンライトに向かって指を動かし、視界に浮かんだ商品名と内容、値段などを確認する。

ペンライトはペン型の懐中電灯で、単色タイプとカラーチェンジタイプが置かれている

愛梨の視線がペンライトに釘付けになったところで、紘は改めて切り出した。


「徹、どうだった?」

「おっ、そうだった」


紘の指摘に、徹は鞄から携帯端末を取り出す。


「メッセージでも伝えたことだけどな」


そう前置きして、徹は沈痛な面持ちで語る。


「他のメンバー達が調べた内容を収集した結果、紘が懸念したとおり、愛梨と同じ年頃の少女達が、同時期に学校を休んで、家族と一緒に旅行に出かけているという不審な件があった。警察にも失踪について相談したんだけど、被害者達が完全否定し、証拠不十分とかで全く相手にされなかったんだよな」

「そうか」


徹の報告に、紘はほんの一瞬、戸惑うように息を呑んだ。

そんな紘の反応に、徹は表情を緩めて軽く肩をすくめてみせる。


「だけど、ここまで紘の啓示どおりだと、空恐ろしくなってくるな」

「だが、私の力も完璧ではない。同じ特殊スキルの使い手の力が働けば、それを覆されてしまうこともある」


紘は神妙な面持ちで、店頭のホログラフィーを眺める。


今回、紘は徹達に、特殊スキルで垣間見た『レギオン』が関わっている少女達の失踪事件の調査を依頼していた。

自身の特殊スキル『強制同調(エーテリオン)』によって、『レギオン』による企みを事前に織(し)っていたからだ。

それゆえに、『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達と連絡を取り、周辺の動向を念入りに探らせている。

しかし、『レギオン』に関わる組織が、少女達を誘拐することを阻止するところまでは至らなかった。


その理由は、同じ特殊スキルの使い手である美羅の力が、ゲーム内で何度も働いた結果だ。


美羅が覚醒したことで、紘の意思とは無関係に、『レギオン』側の思惑どおりの未来が選び抜かれてしまった。

実際、『カーラ』のギルドホームでの戦いでも、王都、『アルティス』の防衛戦と並行して特殊スキルを使用したことで、美羅の力によって出し抜かれてしまっている。

暗澹(あんたん)たる思いでため息を吐いた紘は、悔やむように語気を強めた。


「愛梨と蜜風望を渡すわけにはいかない」

「……ああ」

「そのためなら、私は何でもする」

「俺も、愛梨と望を護ることができるなら、何でもする」


紘の決意に応えるように、徹は携帯端末を強く握りしめる。


「特殊スキルの力に目を付けて、私欲のために利用しようとしている連中がいる」


激情と悲哀、様々な感情が渦巻く無窮の瞳で、紘は選び取った未来を垣間見た。


「なら、私はこれからもこの力を用いて、愛梨が幸せになれる未来を選び抜いていくだけだ」


様々な情念が去来する中、紘は導き出した一つの結論に目を細めた。


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