「……っ」
一夜明けたことで、愛梨は自分の部屋のベッドで目覚めた。
「……ここは?」
愛梨のその声音は弱々しく、あまりにも脆い。
まるで、ここに存在していること自体に恐怖しているようだ。
まるで世界が変革されてしまったような状況に、愛梨は記憶が混雑したように頭を抱えたーーその時だった。
「愛梨、目を覚ましたのか?」
「ーーーーーーっ!」
唐突に響いた少年の声とドアが開く音に、愛梨は声にならない悲鳴を上げる。
「よお、愛梨、おはよう!」
「…………っ」
徹の気楽な振る舞いに、寝間着姿の愛梨は怯えたように部屋の隅に隠れた。
「そうやってすぐ隠れるところは、いつまでも変わらないな」
「徹。愛梨を驚かせるな」
徹が陽気な声で言うと、後から部屋に入ってきた紘は不服そうに眉をひそめる。
紘の姿を見て、愛梨はゆっくりと歩み寄ると躊躇うように口を開いた。
「……お兄ちゃん。今日は、一緒に登校できるの?」
「問題ない。しばらくは愛梨の傍にいる必要性がある。それに夕方までは用事はないからな」
表情を曇らせる妹の頭を、紘は全てを察しているように穏やかな表情で優しく撫でる。
昨日の今日だ。
かなめが倒され、美羅の残滓を奪われた。
美羅の真なる覚醒のための最後の重要な要である愛梨に、『レギオン』と『カーラ』の者達が何もしてこないわけがない。
紘は自身の特殊スキル『強制同調(エーテリオン)』によって、『何も手を打たなくては』彼らが愛梨に接触してくることを昨夜、織(し)った。
それゆえに早急に『アルティメット・ハーヴェスト』のギルドメンバー達と連絡を取り、周辺の動向を念入りに探らせている。
「私達が傍にいれば、愛梨に危害を加える者達は近づかないだろう」
「うん……」
紘の優しい眼差しに、愛梨は蕾が綻ぶように柔らかく微笑んだ。
「俺も今日一日、傍にいるからな!」
「……う、うん」
徹がここぞとばかりに口を挟むと、愛梨は掠れた声でつぶやいた。
「愛梨。今日も外が大変なことになっているけれど、大丈夫か?」
「……不安」
愛梨は徹から顔を背け、恥じらうように胸に手を当てる。
「愛梨のことは、先生やクラスメイト達に『絶対に守り抜くように頼んでいる』。怯える必要はない」
「……うん」
紘の意味深な言葉に、愛梨は噛みしめるようにそう答えた。
愛梨達が住む住宅街は、街並み自体はさほど変わっていない。
今日も大勢の人で賑わい、人々の行き来も激しかった。
だが、美羅の特殊スキルが発動されてからは、明らかに異質な行動をする人の姿を見かけるようになっていた。
「美羅様……」
「今日もありがとう」
通学途中にすれ違ったと思われる愛梨と同じ年頃の少年、少女は今日も並んで目を閉じ、手を合わせている。
周りの人々も、美羅に対して訥々と祈り捧げている。
愛梨の部屋の窓から見える景色には、今日も美羅を敬う人々によって溢れ返っていた。
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