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留菜マナ
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第百五十五話 追憶のハーバリウム⑧

公開日時: 2021年2月20日(土) 16:30
文字数:2,150

リノアへの想いの到来が過ぎ去った後、勇太は胸中で決意を固める。


「……あの、望だったよな。頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと……?」


勇太の意外な言葉に、望は意向を探ってみた。

先程からの緊張感が、別の意味を持つ。

戦闘の喧騒の中、まるで二人だけ時間が止まってしまったかのように視線が交錯する。


「リノアに会ってくれないか」

「ーーっ!?」


勇太はそう口にして、望が抱えていた悩みへの決断を静かに迫った。

戦闘は苛烈を極めている。

周辺の浮き島全体を揺らす衝撃が、光龍とガーゴイル達の戦闘の激しさを物語っていた。


病院内で眠っているリノアは無事だろうかーー。


その安否に、勇太の心臓が早鐘のように早くなる。

勇太は頭を振って不安を押し殺すと、改めて望に頼んだ。


「おじさんとおばさんに、リノアを会わせてあげたいんだ」

「リノアの両親に……」


勇太の訴えに、望は戸惑いながらもつぶやいた。


「今のリノアが、以前のリノアではないことは解っている。だけど、俺はーーいや、俺達は、リノアの声が聞きたい! リノアが笑う姿をみたいんだ!」


勇太は必死にそう言い放つ。

感情を爆発させた勇太の発言に、望は虚を突かれたように瞬いた。

リノアの両親は今も自責の念を抱きながら、眠り続けているリノアを看護している。

嗚咽さえこぼすリノアの両親の姿に、見舞いに来た勇太は目頭が熱くなった。

思い悩む望をよそに、花音は咄嗟に疑問を投げかける。


「お兄ちゃん。リノアちゃんは、現実世界、仮想世界、どちらとも『レギオン』と『カーラ』の手の内にあるんだよね。望くんと会うのは、危険じゃないのかな?」

「その通りだ、妹よ。残念だが、望を『直接』、リノアに会わせるわけにはいかない」

「ーーっ」


有の断言に、勇太は苦悶の表情を浮かべた。


「五大都市の一つ、機械都市『グランティア』。リノアを救うためとはいえ、『レギオン』のギルドホームに近づくのは危険だ。もちろん、現実世界でリノアが隔離されている病院から連れ出すのも困難を極めるだろう」

「リノア様が入院している病院内には、『レギオン』と『カーラ』の関係者がいます。勇太様達の力をお借りしても厳しいですね」


有の懸念に、プラネットは悲痛な表情を浮かべる。


「だが、望が一向に愛梨に変わらなければ、リノアを強制的に会わせようとしてくるはずだ。なら、それを利用して、『アルティメット・ハーヴェスト』の者達にリノアを取り戻してもらおうと思っている」

「リノアを取り戻せるのか……!」


探りを入れるような有の思惑を聞いて、勇太は先程の言葉の意味を理解した。

最初から、望とリノアを会わせるのではなく、『レギオン』と『カーラ』が望とリノアを会わせようとしてくるのを待つ。

筋は通っているし、理にも敵っている。

本来なら、すぐにでも、リノアに会いたかった。

だが、一時の感情で、リノア達を危険に晒すわけにはいかない。


「望を『直接』、リノアに会わせるわけにはいかない。だが、『レギオン』と『カーラ』の者達は、美羅と同化したリノアを特殊スキルの使い手である望に会わせようとしてくるだろう」

「なら、望達の側にいれば、リノアに会えるんだな」


有の核心に満ちた言葉に、勇太は推測を確信に変える。


「望、頼む。その時に、リノアと会ってくれないか」

「ああ」


勇太の重ねての懇願に、望は間一髪入れずに頷いた。


思い出す。

幼い頃の幸せな記憶を。

もう二度と戻らないと思っていた、輝かしい記憶を。

幸せは永遠だと信じていたあの頃を。

でも、もう戻れない。

勇太はそう思っていた。

だけど、望達と出会ったことで、勇太のーーリノアの両親の運命は大きく変わったーー。


望達が、勇太達の意を即座に汲み取ってくれたことに感謝してもしきれなかった。


「ありがとうな」

「勇太くん。リノアちゃんのためにも、塔の調査、頑張ろうね!」


真摯な祈りを込めて告げられた言葉に、花音は双眸にやる気をみなぎらせる。

奏良はそれでも納得できない様子で、疑問を投げかけた。


「だが、有。このまま、塔の調査を続けるにしても、中に入るわけにはいかない」

「奏良よ、分かっている」


奏良の懸念に、有はこの状況を少しでも早く改善すべく思考を巡らせる。

闇雲に捜索を続けても、ガーゴイル達を迎撃している徹の負担が大きくなるだけだ。

それは、目眩にも似た心の揺らめき。

足下から全てが崩れ去ってしまいそうな不安。

どこまでも転がり落ちてしまいそうな、拠り所の無さ。

有が頭を悩ませても、思考の方向性はなかなか定まりそうになかった。


「ーーっ」


その時、地上に妙な胸騒ぎを感じた望は、浮き島の縁に立ち、足下の地上を見下ろした。


「あれは……!」


それを見た望の心中には、有達が感じたものとは全く異なる緊張が走る。

彼女は常軌を逸した高さで宙を舞い、今まさに相手の頭上から攻撃を仕掛けようとしていた。

信じられない機敏さと常識外れの跳躍力。

地上で空中で二つの影が交錯する度に、雷鳴のような音が響き、閃光が走る。

紫水晶の瞳に、作り物のような繊細な顔立ちの魔術士風の格好をした青年ーー吉乃信也。

彼に相対する相手は、愛梨の記憶の中で覚えのある、『アルティメット・ハーヴェスト』が管理するNPCの少女ーーイリス。

信也とイリス。

望が目撃しているのは紛れもなく、ソロプレイヤーとNPCの戦いだった。

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