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留菜マナ
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第百五十四話 追憶のハーバリウム⑦

公開日時: 2021年2月19日(金) 16:30
文字数:1,685

「行け!」


ガーゴイル達による連携飽和攻撃を、徹が呼び出した光龍が迎撃する。


「よし、望、奏良、プラネット、勇太、そして妹よ。塔に異常がないか、調べるぞ!」


杖を手にしたまま、有は周囲に活を入れた。

有の指示の下、望達は塔の外観を細心の注意を払いながら調べていく。

しかし、光龍の包囲網を逃れたガーゴイル達が、望達に対して襲い掛かってきた。


「調査をしながら、ガーゴイル達と戦うのは得策ではない。先に、ガーゴイル達を倒してしまうしかないな」


塔の外観周辺の道筋を見つめていた有は覚悟を決める。


「望、奏良、プラネット、妹よ。塔の調査を行うための活路を切り開いてほしい」

「ああ」

「うん」

「はい」

「調べながら、戦うよりはマシか」


有の方針に、それぞれの武器を構えた望と花音とプラネットが頷き、奏良は渋い顔で承諾した。


「よーし、一気に行くよ!」


花音は跳躍し、ガーゴイル達へと接近した。


『クロス・リビジョン!』


今まさに望達に襲いかかろうとしていたガーゴイル達に対して、花音が天賦のスキルで間隙を穿つ。

花音の鞭に搦(から)め取られた瞬間、鞭状に走った麻痺の痺れによって、ガーゴイル達は身動きを封じられた。


「望くん、お願い!」

「ああ!」


花音の合図に、跳躍した望が剣を振るい、ガーゴイル達を木端微塵に打ち砕いた。

だが、さらに三体の影が空中から襲いかかってくるのが見える。


「奏良よ、頼む」

「言われるまでもない」


有の指示に、奏良は弾丸を素早くリロードし、銃を構えた。

発砲音と弾着の爆発音が派手に響き、ガーゴイル達は次々と落ちていく。


「行きます!」


裂帛の咆哮とともに、プラネットは力強く地面を蹴り上げた。


「はあっ!」


気迫の篭ったプラネットの声が響き、行く手を遮るガーゴイル達は次々と爆せていく。


『フェイタル・ドライブ!』


勇太が大きく大剣を振りかぶり、光の刃が波動のようにガーゴイル達へと襲いかかった。

万雷にも似た轟音が響き渡る。


「これでどうだ!」


迷いのない一閃とともに、勇太の強烈な一撃を受けて、ガーゴイル達は消滅した。


「塔の調査に集中できそうだな」


襲い掛かってきたガーゴイル達を全滅させてみせた望達の姿を見て、有は感嘆の吐息を漏らす。

望達は改めて、塔の調査へと乗り出した。

しかし、浮上している点を除いて、『朽ち果てた黄昏の塔、パラディアム』にはオリジナル版との変化は見当たらない。


「本当に、何も手がかりはないのかな?」


承服できない花音は不満そうに塔を見上げる。

頭上では、光龍とガーゴイル達が激しい戦闘を繰り広げていた。


この塔に来たこと自体が、無意味だったのではないだろうか。


塔を視界に捉えた勇太の胸に、言いようのない不安が去来していた。


「リノア。俺のーー俺達の望みは、おまえが目を覚ますことだ」

「……勇太くん」


勇太の悲痛な願いに、望は蚊が鳴くような声でつぶやいて、自分の袖を強く握りしめる。


もし、俺がリノアのもとを訪れたら、恐らく彼女は目覚めるだろう。

だが、それでもリノアは、俺と同じ言動を繰り返すだけだ。

そこに、彼女の意思は存在しない。

美羅を宿したリノアは、虚ろな生ける屍になっているからだ。


塔の記憶とともに、鮮明に望の脳裏に蘇る。


「ーーっ」


あまりにも唐突な事実を前にして、望は理解が追いつかなくなったように唇を噛みしめた。


勇太くんの望みを叶えたい。

だが、俺が彼女に近づくことで、『レギオン』と『カーラ』の思惑が成立してしまうかもしれない。

それに目覚めたリノアは、勇太くん達が求めている彼女ではない。


二律背反に苛まれ、望は困ったようにため息を吐いた。

太陽の光が煌めく無骨な塔の下、望達の会話は途切れ、静寂の時間が訪れた。

不意に、勇太の脳裏に、あの日のリノアの言葉が蘇る。


『うん、どっか行くね』


あの日ーーリノアの声も感情も、幻想に溶けてしまった。


「……何処にも行かせないからな」


勇太は瞳に強い意思を宿して主張する。


今もあの時も、俺はリノアを救ってあげられない。

俺はいつだって、リノアに救われていたのにーー。

リノアが向かう先はいつだって、俺の手の届かない場所だ。


冷たい風に打たれながら、勇太はそう感じていた。

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