ログアウトできるようになり、有が運営に告訴したその一ヶ月後、望達はようやく病院から退院することができた。
紘達が帰還した翌日、有達は目覚めた望とともに、『創世のアクリア』の世界からログアウトした。
その後、システム上の不具合、サーバーの不調から、突如、運営側はサービスを休止する。
多くのプレイヤー達の帰還不能状態からの解放を受けて、世論に押された『創世のアクリア』の開発会社は、運営そのものを別の会社に委託してサービスそのものを移行した。
だが、リニューアル後の課題も多く、VRMMOゲーム『創世のアクリア』はしばらく再開の見込みはないと報じられた。
「お兄ちゃん、望くん。『創世のアクリア』、しばらく出来ないみたいだよ!」
「妹よ、心配するな。当たり前のことだ」
ネット情報を散見していた花音の言葉に、運営に告訴してから、ずっと憤りを感じていた有はきっぱりと結論付ける。
「『アルティメット・ハーヴェスト』の奇襲と望の特殊スキルに関して問いただしても、運営側はプレイヤー間のトラブルには対応出来ないと一点張りだ。一ヶ月もの間、これだけ多くの帰還不能者を出して問題を起こしているというのに、この不手際さ。やはり、納得できんな」
「そうか」
一ヶ月前の忌まわしき出来事が、望にはまるで昨日、起きたことのように追憶される。
『椎音愛梨』
望が『魂分配(ソウル・シェア)のスキル』を使い、眠りに落ちたことで、それと連動するかのように愛梨は目覚めた。
望は確かに、愛梨として生きた記憶を持ち合わせている。
愛梨が嬉しかったことも、悲しかったことも、恥ずかしかった時も、彼女の生前の記憶さえも、全てが自分の感情であり、記憶であるように感じた。
愛梨として生きた自分は、呆れるくらい愛梨としての自覚しかなくてーー。
望はあの日以来、自分の想いとは別の不思議な感情が沸き上がるのを感じた。
「ねえ、お兄ちゃん、望くん。『創世のアクリア』、リニューアルされたらどうするの?」
「それはーー」
「ログインするに決まっているだろう」
そう告げる前に先んじて言葉が飛んできて、しばらくログインを躊躇っていた望は口にしかけた言葉を呑み込む。
首を一度横に振ると、代わりに望は不思議そうに有に訊いた。
「てっきり、有は、もうログインしないのかと思っていた」
「『アルティメット・ハーヴェスト』の奴らは、リニューアル後も続行を表明している。一向に謝罪もして来ない奴らを、このままゲーム内で放置するのは癪に障るからな」
「でも、それは運営側がセキュリティを強化しているからだろう。実名で登録する代わりに、ギルド内のプレイヤー以外とは、現実では深く干渉させないというプライバシー制度があるからな。ただ一応、病院側には、俺の症状のことを説明してくれていたみたいだけどな」
憤慨に任せて言い募る有に、初めてログインした日のことを思い出しながら望は言った。
実名で登録することによって発生するトラブルを想定して、運営側はプライバシー保護という制度を導入していた。
警察に協力を求め、街の各所に監視アプリを設置し、『創世のアクリア』のサーバー以外のゲームに関する全ての書き込みを規制する。
規約を破って不正や事件などを起こした場合、最悪、アカウントを削除されるだけではなく、警察に起訴される。
だからこそ、『アルティメット・ハーヴェスト』はーー椎音紘はゲーム内で望に干渉してきた。
望の『魂分配(ソウル・シェア)のスキル』を、愛梨に使わせるために。
「でもでも、『創世のアクリア』のゲーム内のポイントを稼いで、生活している人達も多いみたいだから、早く復旧してもらわないと困るよ」
花音は携帯端末を横にかざし、視界に浮かんだゲームアプリの横にあるポイントアプリを、指で触れて表示させる。
そして、目の前に可視化した累計ポイントを確認すると、お店を選び、食べたかったアイスクリームをポイントを使って購入した。
その瞬間、花音の目の前に、先程まで表示されていたアイスクリームがポンと現れる。
「『創世のアクリア』だけが、お店に行かなくてもすぐにポイントを使えるんだもの。実名登録を実施した当初は受け入れられなかったけれど、今ではVRMMOゲームの中でもかなり人気の部に入るみたいだよ」
花音はそう告げると早速、アイスクリームを頬張った。
よほど美味しかったのか、頬をふわりと上気させて嬉しそうに笑う。
『創世のアクリア』を始め、一部のVRMMOゲームでは、ゲーム内で稼いだポイントを現金の代わりとして使用することができた。
ポイントの会得方法は、モンスターを倒すこと、ダンジョン攻略を達成することなどが上げられている。
逆に不正を行えば、アカウントは停止し、ポイントも失効するという不利な状況に陥りかねない。
「想いを幻想へと導く世界、『創世のアクリア』か」
望は目を閉じて、『創世のアクリア』の世界を想い描いた。
頭上に広がるのは、幻想的な夕闇の空。
望はただ、仮想の空に向かって手を伸ばす。
望と愛梨。
互いに夢から醒めてしまうのなら、せめて目覚めている時だけは幸せな結末を迎えられるように、と――。
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